弁護士が古代ギリシアの規範を読み解く

とら先生が今まで読んだ中で、一番面白かった漫画ってなんですか?

とら先生

一番面白かったと言われても、たくさん候補があるから困るけど、寄生獣で有名な岩明均先生の『ヒストリエ』は、男なら絶対に好きだと思う。スキタイ人でありながら、ギリシア人として育ってきた主人公エウメネスが、姦計にはまり、今まで住んできた家を追い出されながらも、心優しい人に出会い、立派に成長し、立身出世を果たしていく姿は、胸がすく思いだよ!!これは、是非、読んでほしいな。

⚖️ 逃亡と出会い ― アリストテレスの助命劇

物語は、紀元前343年、ペルシア帝国の西端アッソスの町から始まります。
誰もが知る哲学者アリストテレスがペルシア帝国から逃亡する最中、主人公エウメネスと出会う。

彼はその機転をもって、アリストテレスの逃亡を助け、故郷カルディアへ帰る。
大軍に包囲されたカルディアへ、知略をもって入場するエウメネス――その姿に興味を持ったペリントスの商人アンティゴノス。
物語はここから動き出します。

《法の眼で読む場面》

古代ギリシアにおいて「知略をもって入場する」という行為は、単なる英雄譚ではなく、
「戦時における外交交渉権・交戦権」といった当時の国際規範に則った振る舞いでした。

また、アリストテレスという「亡命者」を助けたエウメネスの行動は、
法の外に身を置く者への助命義務や庇護の倫理が果たしてあったのか、
という現代の国際人道法**にも通じるテーマを内包しています。

⚖️ 裏切りと追放 ― 「魂からの叫び」

漫画の時代背景は、紀元前4世紀。アレクサンドロス大王の父・フィリッポス2世が治めるマケドニア王国の時代です。
実在の人物エウメネスは、スキタイ人という騎馬民族に生まれながらも、ギリシア人として育ちます。

そんな彼の人生の暗転。
生家を追放されたとき、今まで冷静だった少年が、こう叫ぶのです。

よくもぼくをォ!!だましたなァ!!
よくも今まで!!
ずっと今まで!!
よくもよくもぼくをォ!!

なんであんな あんなに

よくもだましたアアアア!!
だましてくれたなアアアア!!

ヒストリエ3巻

胸に迫る「魂の叫び」。それは、単なる裏切りの痛みではなく、
「信頼」という社会契約の破壊への怒りでもありました。

《法の眼で読む場面》

エウメネスの叫びは、当時の共同体における**「信義」=社会契約の崩壊を象徴します。
古代ギリシアでは文書契約よりも、共同体内の口頭の約束と規範**が強い拘束力を持っていました。

つまり、彼が受けた「姦計」は単なる感情的裏切りではなく、
彼の財産権や共同体内の地位という法的権利を奪った不法行為だったのです。

⚖️ 帰還と赦し ― 成長する法の体現者

あの別れの日に「よくも今までだました」と叫んでしまった事
それを・・・謝りたかった・・・

ごめんよ
そしてありがとう
母さん
父さん

育ててくれて・・・ありがとう

ヒストリエ5巻

涙なくして読めません。
裏切りを赦し、過去に感謝を捧げるその姿は、
エウメネスが「法の体現者」となっていく象徴的な場面です。

彼はフィリッポス2世に見いだされ、「王の左腕」と呼ばれるまでに上り詰めます。
法を超えた力の中で、自らの秩序を築く男――
まさに「生ける規範」としての法務官の原型と言えるでしょう。

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

エウメネスの**「裏切りからの立身出世」は、古代ギリシアという「法の揺らぎ」の時代だからこそ可能でした。
彼は王の側近として、現代でいえば「法務担当官」「財産管理官」「外交顧問」に相当する多面的な職務を担い、
「法の枠を超えた秩序構築」によって生き延びたのです。

その姿は、私たち弁護士の仕事にも重なります。
法の解釈や条文の運用にとどまらず、依頼者の人生を再構築し、信頼という見えない秩序を支える――
それが現代の法務実務の本質でもあります。

エウメネスの人生は、単なる古代英雄譚ではありません。
それは「法がまだ生まれきらない時代」に、人がどう信義と権力のあわいを生きたかの物語です。

法が未成熟な世界では、信頼こそが最高の契約書。
裏切りとは、条文を破ることではなく、約束を壊すこと。

現代の私たちもまた、法の条文を超えて、人の心を守る秩序をどう築くかを問われています。

👉 「法」は紙の上ではなく、人の記憶の中で生きている。
それを信じて、今日も依頼者と向き合っていきたいと思います。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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