【動機の錯誤】財産分与で譲渡所得税が課税されると知らなかったとき動機の錯誤により取消ができるか?

湯原玲奈先生

離婚した人から相談を受けたんだけど、その相談者は、元妻に、財産分与で不動産を譲渡した後、1000万円の譲渡所得税の課税がされることが分かったんだって。その人は、離婚調停で、調停委員にも、財産分与で不動産を譲渡しても、夫婦どちらにも税金がかからないか聞いたそうなんだけど、たぶん大丈夫という返事だったから、財産分与の合意をしたらしいの。なんとかならないかしら?

不動産の財産分与の合意自体は、表示と内心の意思に不一致はないから、その人が、「法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」があったか否か、旧民法下でいう動機の錯誤が認められるかが問題となりますね。不動産の財産分与の場合、譲渡する側に、譲渡所得税がかかる場合があるということを知らない人も多いですよね。相談者は、離婚調停で、夫婦どちらにも税金がかからないか聞いていて、税金がかからないと誤解したから財産分与の合意をしたことが明示されており、この点に錯誤がなければ、財産分与はしなかったかもしれません。95条1項2号、同条2項に基づき、錯誤取消を主張できる可能性はあると思います。

錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであること

旧民法下では、「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。」と定められており、この要素の意味が問題とされていました。
判例は、意思表示の内容の主要な部分であり、この点について錯誤がなかったら表意者は意思表示をせず(因果性)、かつ、意思表示をしないことが一般取引通念に照らして正当と認められること(重要性)としています。

改正民法では、「意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって」(因果性)、「その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるとき」(重要性)に錯誤取消できると明文化しています。

錯誤の効果は取消

旧民法下では、錯誤無効とされていた法律効果を、改正民法では、取消に変更しています。
この点は、取消の期間制限に関わる部分ですので、注意が必要です。

動機の錯誤の明文化

旧民法下では、本来、動機の錯誤は、内心の効果意思と表示に不一致はなく、錯誤にあたりませんが、実務上、問題となるのは動機の錯誤が圧倒的で、動機の錯誤によって意思表示をした表意者を保護する必要性がありました。
そこで、判例は、動機が明示あるいは黙示に表示されて法律行為の内容となった場合、錯誤無効を認めていました。
改正民法では、この動機の錯誤を明文化し「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」(1項2号)について、「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り」することができる(2項)と規定されました。

取消ができない場合

表意者に重過失がある場合は、意思表示の取消はできません。
しかし、以下の場合には、取消ができるとされています。

①相手方が表意者に錯誤があることを知り、または、重大な過失によって知らなかったとき
②相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき(共通の錯誤)

第三者保護規定の明文化

旧民法下では、第三者保護規定はありませんでしたが、改正民法では、善意無過失の第三者は保護されることが明文化されています。

錯誤)
第九十五条 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

とら先生ぷちコラム
離婚の財産分与の相談で、財産分与に税金はかからないのかという質問は多いです。財産分与は、夫婦の財産関係の清算なので、財産分与を受ける方は贈与税などの税金は原則としてかかりません。財産分与をする側も、金銭によって財産分与する場合、譲渡所得税といった税金はかかりません。しかし、不動産や株式など、価値が増減するものを譲渡する場合には、譲渡所得税がかかる場合があります。
不動産でも、自宅不動産であれば、マイホーム特例などを使って節税することができますが、投資用不動産であると、こういった特例がありません。
そのため、婚姻中に投資用不動産を複数購入し、財産分与で、投資用不動産を財産分与として譲渡する場合、仮に、当該投資用不動産が値上がりしている場合には、譲渡所得税が課税されることがあるのです。
財産分与にともなう不動産譲渡の場合、税金がかかることはないと誤解している人も多く、あとから、譲渡所得税の課税がされて、びっくり仰天するということもなきにしもあらずです。
相談事例の場合だと、相談者は、離婚調停において、財産分与にともなう不動産譲渡について、双方に課税の問題が発生しないか確認をしており、これが調停委員を通じて、双方の認識のもと、課税問題は生じないと誤解して財産分与に至った場合、その錯誤がなかったなら、財産分与をしなかった可能性は十分にあり、また、1000万円の課税は、「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なもの」と評価される可能性はあります。
そこで、財産分与を、錯誤取消をして、あらためて財産分与の協議をするというのは、一つの解決方法かと思います。
しかし、錯誤取消が認められる前に、元妻が、財産分与を受けた不動産を第三者に売買した場合には、その第三者が、相談者が、そのような錯誤に陥ったことについて知らず、また知らなかったことに過失がない場合には、善意の第三者として保護され、取消が認められなくなります。
離婚時の税金関係は、きちんとチェックしたほうが良いでしょう。
 
 

今回の質問者はこちらの方

姉御肌の行政書士の湯原先生。そのキップの良さは折り紙つきです。
離婚相談も多く受けており、その経験のなかで、離婚を回避し夫婦を幸せにしたい!という思いで、夫婦のコミュニケーションツール「マリッジノート®」を開発したとのこと。

離婚相談で、復縁希望の相談者も多いから、「一生幸せなふたりでいるための10のワーク」
すすめてみます!

※ 質問内容は架空のものです。

湯原 玲奈

ビザに強い行政書士

行政書士湯原玲奈法務事務所 代表行政書士 
マリッジデザイン株式会社 代表取締役 

行政書士/マリッジノート®︎主宰/ライフデザイン・マネジメント研修講師

1973年、東京都大田区出身。
ニュージーランドでの現地小学校教師生活、米国公認会計士の専門学校での受験ツアー担当、BBC World Japanでの法人営業職を経て、行政書士資格を取得。
国際結婚・離婚、外国人の在留ビザ申請を得意とする。
2010年社団法人おおた助っ人を設立、専門家のための勉強会や、複数の専門家に一度に相談できる「出口の見える無料相談会」を定期的に開催(2018年退任)。
また、行政書士として離婚相談を多数受けるなかで、何とかして離婚を回避し夫婦を幸せにしたい!という強い思いを抱くようになり、素敵なカップルになるための新しいコミュニケーションツール「マリッジノート®」を開発。
著書に「一生幸せなふたりでいるための10のワーク【マリッジノート®︎】(朝日新聞出版)」。

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文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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