🥀「僕は何のために毎朝弁当を作っていたんでしょうか」

たとえば、こんな相談があります。

共働きの夫婦で、妻の帰りが遅い日が多く、この2年間、保育園の送り迎え、食事、お風呂、寝かしつけなど、子どもの生活のかなりの部分を父親が担ってきた。

ところが、ある日、妻が子どもを連れて実家へ帰ってしまう。

しばらくして届いた離婚調停の申立書には、「親権者:申立人(母)」と書かれている。

「自分の方が子どもの世話をしてきたのに、父親というだけで親権は取れないのでしょうか」

父親側から離婚の相談を受けていると、こうした疑問を聞くことがあります。

結論からいえば、「母親だから親権者になる」というルールはありません。

しかし、だからといって父親と母親が、実際の親権争いで単純に五分五分になるという話でもありません。

家庭裁判所が見るのは、父親か母親かという性別そのものではなく、これまで誰がどのように子どもを育ててきたのか、現在どのような環境で生活しているのか、これから安定して育てていけるのか、といった具体的な事情です。

そして2026年4月からは、離婚後の親権制度そのものも大きく変わっています。

⚖️「母親優先」という法律上のルールはない

かつては「母性優先の原則」といって、特に乳幼児については母親が監護することが望ましい、という考え方が語られることがありました。

しかし、現在の法律に「母親を優先して親権者にする」という規定はありません。

さらに2026年4月、離婚後の子の養育に関する改正民法が施行され、離婚後の親権について、父母双方を親権者とする「共同親権」と、父母の一方のみを親権者とする「単独親権」の双方が制度上認められるようになりました。

父母の協議がまとまらず裁判所が判断する場合にも、「共同親権が原則」「単独親権が原則」と単純に決められているわけではありません。

裁判所は、父母と子との関係、父母同士の関係その他一切の事情を考慮し、子の利益のために、父母双方を親権者とするのか、一方だけを親権者とするのかを判断します(民法819条7項)。

もっとも、共同親権にすることが適切でない場合もあります。

たとえば、父または母が子の心身に害を及ぼすおそれがある場合や、DVなどによって父母が共同して親権を行うことが困難な場合には、父母の一方だけを親権者としなければならない場合があります。

また、それらに準じて、父母双方を親権者とすることが子の利益を害すると認められる場合にも、単独親権とすることが定められています(民法819条7項)。

つまり現在の親権問題は、単純な「父対母」の争いではありません。

どのような親権の形が、その子にとって最も利益になるのか。

そこが判断の中心になります。

💥 家庭裁判所が見る「これまで」と「現在」

では、実際に親権や監護者を争うことになった場合、家庭裁判所は何を見るのでしょうか。

一つの事情だけで決まるわけではありません。

これまでの監護状況、現在の生活環境、父母それぞれの監護能力、子どもとの関係、子ども自身の意向、父母間の関係など、さまざまな事情が総合的に考慮されます。

その中でも重要な判断材料となるのが、これまで誰が実際に子どもを育ててきたのかという監護実績と、現在の子どもの生活がどの程度安定しているのかという点です。

たとえば、

「保育園の送り迎えは誰がしていたのか」

「毎日の食事を用意していたのは誰か」

「病院に連れて行っていたのは誰か」

「学校や保育園との連絡をしていたのは誰か」

「子どもの生活リズムを実際に支えていたのは誰か」

といった、日常の育児の積み重ねが問題になります。

親権争いというと、何か特別な事情を証明しなければならないように感じるかもしれません。

しかし実際には、こうした毎日の生活そのものが重要なのです。

「先に子どもを連れて別居した方が有利」なのか

ここは、父親側から相談を受けていると、特に疑問を持たれるところです。

別居後、子どもが一方の親のもとで一定期間生活し、学校や保育園を含めて新しい生活環境が安定している場合、その環境を変更することが子どもにどのような影響を与えるかは、裁判所にとって重要な判断材料になります。

そう聞くと、

「それでは、先に子どもを連れて出た方が有利になるのではないか」

と思うかもしれません。

しかし、単純にそういう話ではありません。

裁判所は、父母のどちらを「勝たせるか」を考えているわけではなく、子どもの生活をどうすることがその子の利益になるのかを判断します。

そのため、現在の生活状況だけでなく、別居に至った経緯、別居前には誰が主に子どもを育てていたのか、現在どのような監護が行われているのか、生活環境を変更することが子どもにどのような影響を与えるのかなどが、総合的に検討されます。

一方的に子どもを連れて別居したケースと、DVや虐待などから子どもを守るために避難したケースを、同じように扱うこともできません。

ですから、「先に子どもを確保すれば親権争いで有利になる」と考えて行動するのは危険です。

特に、実力で子どもを連れ戻そうとすることは避けなければなりません。

最高裁も、別居中の父親が2歳の子どもを強引に連れ去った事案について、親権者であることだけを理由に、その行為が当然に正当化されるわけではないと判断しています(最高裁平成17年12月6日決定・刑集59巻10号1901頁)。

「自分も親なのだから」という気持ちは理解できます。

しかし、親権や監護をめぐって対立しているときこそ、実力行使ではなく、法的な手続を使うことが大切です。

子どもと、もう一方の親との関係も見られる

もう一つ知っておきたいのが、他方の親と子どもとの関係に対する姿勢です。

正当な理由もなく、子どもと他方の親との交流を妨げようとする態度は、親権者や監護者を判断する際の事情として考慮されることがあります。

もちろん、DVや虐待など、子どもとの交流を制限すべき事情がある場合は別です。

離婚する夫婦の関係と、子どもにとっての父親・母親との関係は、必ずしも同じではありません。

相手に対する怒りや不信感が強いときほど、この二つを分けて考える必要があります。

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

「親権を取れるか」だけではなく、「その後」を考えてほしい

私が父親側から親権や監護について相談を受けるとき、いつも考えることがあります。

それは、「親権を取れるか」ということだけではありません。

仮に親権者や監護者になったとして、その後、本当に子どもの生活を支え続けていけるのか、ということです。

仕事が忙しい中で、毎日の食事をどうするのか。

保育園や学校への送り迎えはできるのか。

子どもが熱を出したときに、仕事を休めるのか。

残業や出張がある日はどうするのか。

祖父母など、周囲からどの程度の協力を得られるのか。

親権を争っている最中は、どうしても「相手に子どもを渡したくない」「自分が親権者になりたい」という思いが強くなりがちです。

しかし、親権を得ることがゴールではありません。

その翌日からも、子どもの生活は毎日続いていきます。

だから私は、父親から「親権を取りたい」と相談されたとき、取れる可能性だけを考えるのではなく、「この子にとって、これからどのように育てられるのが一番幸せなのか」を一緒に考えるようにしています。

考えた結果、母親側に虐待や育児放棄など、子どもを任せることについて深刻な問題があるのであれば、話は違います。

父親が子どもの生活を守る必要があるのであれば、親権者や監護者となることを真剣に考え、必要な手続を早い段階から検討すべき場合があります。

父親だから、最初から親権を諦める必要はありません。

しかし同時に、「親権を取ること」と「子どもを幸せに育てること」は同じではありません。

後者まで考えて初めて、親権について本当に考えたことになるのだと、私は思っています。

父親が親権・監護を考えるなら、何をしておくべきか

では、父親が親権者や監護者になることを真剣に考える場合、何が重要なのでしょうか。

1 これまでの育児を、客観的に説明できるようにする

「自分も育児をしていました」というだけでは、実際の監護状況は伝わりません。

保育園の送迎、通院への付き添い、学校行事への参加、育児休業の取得など、実際にどのように子どもの生活に関わってきたのかを具体的に整理しておくことが大切です。

保育園や学校との連絡記録、育児に関する父母間のメッセージなど、日常生活の中に残っている資料が役立つこともあります。

2 子どもを連れて別居されたら、早めに相談する

親権や監護者をめぐる争いが予想される場合、「離婚調停が始まってから考えればいい」とは限りません。

事情によっては、子の監護者の指定、子の引渡し、それに伴う保全処分などを早急に検討する必要が生じることがあります。

特に、別居によって子どもの生活環境が大きく変わった場合には、早い段階で状況を整理することが重要です。

3 相手との勝ち負けではなく、子どもの生活を中心に考える

親権問題では、夫婦間の感情的な対立がそのまま持ち込まれてしまうことがあります。

しかし、裁判所が判断しようとしているのは、夫と妻のどちらが正しいかではありません。

子どもにとって、どのような生活が望ましいのかです。

他方の親との関係も含め、子どもの成長を中心に考えて行動できるかという視点は重要です。

4 子どもの意思も無視されない

親権者の指定・変更に関する手続では、15歳以上の子について、その陳述を聴かなければならない場合が法律上定められています。

しかし、15歳未満なら子どもの気持ちが無視される、という意味ではありません。

年齢や発達の程度などに応じて、子どもの意向も考慮されます。

毎日の育児こそが、親権を考えるときの土台になる

親権争いは、「どちらが子どもを愛しているか」を競うものではありません。

裁判所が見ているのは、これまで誰がどのように子どもを育ててきたのか。

これから、どのような環境で育てていけるのか。

そして何より、その選択が子どもの利益になるのかということです。

父親だから不利だと、最初から諦める必要はありません。

ただし、「これから父親として頑張ります」だけでも足りません。

毎朝作ったお弁当。

保育園への送り迎え。

熱を出した夜に病院へ連れて行ったこと。

宿題を見た時間。

寝かしつけた夜。

そうした何気ない日々の積み重ねこそが、親権や監護を考える場面では大きな意味を持ちます。

親権のために父親になるのではありません。

父親として積み重ねてきた日々が、親権を考えるときの一番の土台になるのです。

🌿 次回予告

親権や監護をめぐる場面では、「誰が、どのように子どもと向き合ってきたか」という日々の積み重ねが、目に見える証拠として意味を持つことをお話ししてきました。

しかし、離婚の理由の中には、証拠として残すことがずっと難しいものもあります。

「怒鳴られたことは、一度もないんです」

そう語る相談者は少なくありません。手も上げられていない。大きな声を出されたこともない。それでも、静かに人格を否定され続け、心が壊れていく——モラハラ(精神的DV)は、傷が目に見えないからこそ、法廷で「なかったこと」にされやすい問題です。

次回は、モラハラを理由とする離婚が、法律上どのように扱われるのか。そして、「言った・言わない」の水掛け論を越えて、裁判所を動かすためにはどのような証拠が必要になるのかを解説します。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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