
🥀 「あとは、裁判所が取り立ててくれるんですよね?」
離婚調停がようやく成立した。
慰謝料も決まった。養育費も決まった。
長かった話し合いが終わり、裁判所から調停調書も届いた。
「これで、やっと終わった」
そう思うのも無理はありません。
ところが数か月後、約束の日になっても振込みがない。
最初は、
「今月はちょっと厳しい。来月まとめて払う」
と言っていた相手から、そのうち返事も来なくなった。
そこで、こんな質問を受けることがあります。
「先生、調停調書があるんですから、あとは裁判所が取り立ててくれるんですよね?」
残念ながら、そうではありません。
裁判所は、相手が支払わなくなったからといって、自動的に預金や給料を探して取り立ててくれるわけではありません。
調停で決まったことと、実際にお金を受け取ることは、別の問題なのです。
⚖️ 調停調書は「自動的に取り立ててくれる紙」ではない
相手が慰謝料や養育費を支払わない場合、相手の財産を差し押さえて回収する手続があります。
これが「強制執行」です。
強制執行をするためには、原則として、裁判所の判決、和解調書、調停調書、一定の公正証書など、強制執行の根拠となる書類が必要です。
法律では、これを「債務名義」と呼びます。
調停調書は、その代表的なものです。
ただし、調停調書を持っているだけで、裁判所が自動的に動いてくれるわけではありません。
強制執行をするのであれば、支払いを受ける側が申立てをしなければなりません。
さらに原則として、
「相手がどこで働いているのか」
「どの銀行に預金があるのか」
といった、差し押さえる対象も考える必要があります。
つまり調停調書は、
「裁判所が取り立ててくれる紙」ではなく、「強制的に回収するための権利を形にした紙」
と考えた方が実態に近いでしょう。
まずは「履行勧告」という方法もある
家庭裁判所の調停や審判で決まった慰謝料、養育費、婚姻費用などが支払われない場合、いきなり差押えをする前に、家庭裁判所から相手に支払いを促してもらう「履行勧告」という制度があります。
申出に費用はかかりません。
裁判所から、
「調停で決めたとおり支払ってください」
と相手に働きかけてもらう制度です。
裁判所から連絡が来たことで、支払いを再開する人もいます。
ただし、履行勧告そのものに強制力はありません。
勧告されても支払わない相手から、裁判所がそのままお金を取り立ててくれるわけではないのです。
それでも支払われない場合には、強制執行を検討することになります。
強制執行では、何を差し押さえるのか
離婚事件でよく問題になるのは、
- 給料
- 預貯金
- 不動産
などです。
たとえば相手が会社員で、勤務先が分かっていれば、給料の一部を差し押さえる方法があります。
預金口座が分かっていれば、その預金を差し押さえることも考えられます。
ただ、ここで現実的な問題が出てきます。
「相手の財産がどこにあるのか分からない」
という問題です。
裁判所が、相手の銀行口座や勤務先、所有不動産をすべて調査して、
「ここを差し押さえれば取れますよ」
と教えてくれるわけではありません。
強制執行では、「何を差し押さえるのか」が非常に重要になります。
相手の財産が分からないときは?
以前に比べると、相手の財産を調べるための制度は整備されています。
一つが「財産開示手続」です。
これは、相手を裁判所に呼び出して、自分の財産について陳述させる手続です。
正当な理由なく出頭しなかったり、虚偽の説明をしたりした場合には刑事罰の対象となることもあります。
もう一つが、「第三者からの情報取得手続」です。
一定の条件を満たせば、金融機関から預貯金に関する情報を取得したり、登記所から不動産に関する情報を取得したりすることができます。
養育費などについては、市町村や日本年金機構等から勤務先に関する情報を取得できる場合もあります。
ただし、すべての情報を自由に調べられるわけではありません。
たとえば、不動産や勤務先に関する情報取得には、原則として先に財産開示手続を行う必要があります。一方、預貯金に関する情報取得には、この前置は必要ありません。
また、勤務先情報を取得できる債権にも制限があります。
ここで、慰謝料と養育費の違いが出てきます。
💥 慰謝料と養育費では、使える回収手段が違う
「裁判所で決まったお金なら、全部同じように差し押さえられる」
と思われるかもしれません。
実は違います。
法律は、子どもの生活を支える養育費や、夫婦の生活を支える婚姻費用について、慰謝料などの一般的な金銭債権よりも強い回収手段を用意しています。
たとえば、給料を差し押さえる場合。
慰謝料などの通常の金銭債権では、原則として給料の4分の1までです。
これに対して養育費や婚姻費用では、原則として2分の1まで差し押さえることができます。
さらに養育費などでは、一部でも支払いが滞れば、まだ支払期限が来ていない将来分についても、給料などに対する差押えを開始できる特例があります。
実際に将来分を受け取れるのはそれぞれの支払期限が来た後ですが、毎月滞納するたびに最初から差押手続を繰り返さなければならない、という仕組みにはなっていません。
給料を差し押さえた後、勤務先から取り立てられるようになるまでの期間にも違いがあります。
また、相手の勤務先が分からない場合の勤務先情報取得制度も、養育費などでは利用できますが、身体的な被害を伴わない純粋なモラハラ慰謝料などでは原則として利用できません。
同じ「払ってもらうお金」でも、慰謝料と養育費では、法律が用意している回収手段が違うのです。
2026年4月から、養育費の回収制度がさらに変わりました
2026年4月から、養育費などの子どもの監護に必要な費用について、新しい制度が始まりました。
「先取特権」という仕組みです。
一定の範囲では、調停調書や強制執行認諾文言付き公正証書といった債務名義がなくても、父母の間で養育費について合意したことを示す書面などを裁判所に提出し、差押えを申し立てることができるようになりました。
対象となるのは、子ども1人につき月額8万円までの範囲です。
もちろん、
「養育費は払います」
という口約束だけで何でも差し押さえられるわけではありません。
誰が誰に、いくらを、いつまで、どのように支払うのかなど、合意内容をきちんと書面に残しておくことが重要です。
また、この制度にも対象となる範囲や必要な書類などの条件があります。
ただ、離婚するときに養育費の合意をきちんと書面化しておく意味は、これまで以上に大きくなったといえます。
それでも「相手に財産がない」という壁は残る
強制執行の制度は、以前より整備されています。
それでも、法律が万能になったわけではありません。
最大の問題は、
差し押さえる財産がなければ、回収することができない
ということです。
判決や調停調書があっても、相手に預金がなく、安定した給料もなく、不動産などの財産もなければ、すぐにお金へ変えられるわけではありません。
相手が転職を繰り返している場合もあります。
自営業で、会社員のような給料を受け取っていない場合もあります。
給料を差し押さえたところ、勤務先に知られたことをきっかけに退職してしまう、といったこともあり得ます。
「払えるのに払わない」相手には強制執行は強力な手段です。
しかし、
「本当に払える財産がない」
という相手からお金を生み出す制度ではありません。
ここが、強制執行の限界です。
分割払いにするなら「払わなくなったとき」を考えておく
慰謝料や財産分与について、
「一括では払えないので、毎月分割で」
という話になることがあります。
分割払いそのものが悪いわけではありません。
ただ、合意するときには、途中で支払いが止まる可能性まで考えておく必要があります。
そこで重要になるのが「期限の利益喪失条項」です。
たとえば、
「2回分の支払いを怠った場合には、残額を一括して支払う」
といった内容です。
こうした条項がなければ、原則として、まだ支払期限が来ていない将来の分まで直ちに一括請求して差し押さえることはできません。
だから私は、慰謝料や財産分与については、可能であれば一括払いを検討します。
分割払いにするのであれば、
「約束どおり払われなかったらどうするのか」まで決めておく。
これはかなり重要です。
時効にも注意——「調停調書があるから10年間安心」ではない
もう一つ、放置してはいけない理由があります。
時効です。
確定判決や調停調書などによって確定した権利には、時効について特別なルールがあります。
しかし、
「調停調書があるから、すべて10年間は大丈夫」
と考えるのは正確ではありません。
特に養育費は、毎月支払われるお金です。
調停が成立した時点ではまだ支払期限が来ていない将来分については、「確定したから一律10年」という扱いにはなりません。
各回の支払時期が来てから、それぞれ時効の問題が生じます。
ですから、
「調停で決まっているから、そのうちまとめて請求すればいい」
と何年も放置するのは危険です。
支払いが止まったら、そのままにせず、早めに対応することが大切です。
🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点
回収の準備は、離婚する前から始まっています
「先生、調停で決まったんですから、もう安心ですよね」
離婚条件がまとまったとき、そう思う方は少なくありません。
もちろん、長かった話し合いが終わるのですから、ほっとするのは当然です。
ただ、弁護士としては、その先のことも考えています。
決まった金額と、実際に受け取れる金額は別だからです。
これは前回、慰謝料についてお話ししたことともつながります。
回収のことは、相手が払わなくなってから初めて考えるのではなく、離婚条件を決める段階から考えておく必要があります。
可能であれば、別居する前から、適法に確認できる範囲で相手の勤務先や取引銀行などを把握しておく。
給与明細や源泉徴収票など、夫婦生活の中で確認できる資料があれば、必要な情報を整理しておく。
別居して何年も経ち、相手とほとんど連絡が取れなくなってから、
「そういえば、今どこで働いているんだろう」
「どこの銀行を使っていたんだろう」
となると、回収のハードルは一気に上がります。
慰謝料や財産分与については、可能なら一括払いを検討する。
分割にするなら、支払いが止まった場合の期限の利益喪失条項を入れておく。
養育費については、金額、支払日、支払期間などを具体的に書面へ残しておく。
そして何より、
「いくら払ってもらうか」だけでなく、「その金額を本当に払ってもらえるのか」まで考える。
これは離婚事件を解決するときに、とても大切な視点です。
金額を欲張って長期戦を続けるより、相手に支払能力があるうちに、現実に回収できる条件で解決した方がいいこともあります。
逆に、相手が将来支払わなくなる可能性が高いのであれば、最初からそのことを想定して条件を作る必要があります。
調停調書は、それだけでお金に変わる紙ではありません。
調停で決まったから終わりではなく、支払いが止まったときにどう動くのか。
そこまで考えて初めて、「回収できる離婚条件」になるのだと思います。
🌿 次回予告
「それなら、離婚するときに、払わなければすぐ強制執行できる書面を作っておけばいいのでは?」
そう思った方は鋭いです。
その答えの一つが、強制執行認諾文言付きの公正証書です。
離婚協議書を公正証書にしておけば、相手が支払わなかったときに、改めて裁判を起こさず強制執行できる場合があります。
では、公正証書を作っておけば安心なのでしょうか。
実は、そう単純でもありません。
次回は、公正証書で何ができるのか、何はできないのか。そして、離婚の際に公正証書を作るなら、どこに注意すべきなのかをお話しします。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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