Businessman in a dark suit reads a document at a desk cluttered with newspapers, laptop, and stacks of files with a city skyline at sunset outside the window, in an office setting.

🗂️ ある朝、総務部長に届いた一通の書面

月曜の朝。
総務部長の机の上に、見慣れない封筒が置かれていた。

差出人は、聞いたことのない法人名。
中を開くと、「著作権侵害に基づく損害賠償請求事件」という文字が目に飛び込んできた。

金額は、87万円。

「え、何をしたんだろう」

部長は思わず首を傾げた。悪いことをした覚えは、まったくない。
社員に役立ちそうなニュースを見つけては、社内イントラネットに貼り付けていた。それだけだ。
毎朝の習慣だった。誰も何も言わなかった。むしろ「便利ですね」と感謝されていた。

しかしその「便利な習慣」が、訴状に変わった。

※本記事の冒頭ストーリーは、実際の判例をもとにしたフィクションです。
実在の人物・団体を直接描写するものではなく、当事者の心情に想像を交えて構成しています。

⚖️ 何が起きたのか——令和8年2月27日・東京地裁判決

令和8年2月27日、東京地方裁判所は、首都圏新都市鉄道株式会社(つくばエクスプレスの運営会社)に対し、共同通信社への損害賠償87万3,000円の支払いを命じました。

問題となった行為は、シンプルです。

「新聞記事の画像データを、社内イントラネットにアップロードし、従業員が閲覧できる状態にした」

それだけです。

悪意はなかった。商業目的もなかった。社内の情報共有という、ごく一般的な業務行為でした。しかし裁判所は、これを著作権侵害と断じました。

あなたの会社でも、同じことが行われていませんか。

📰 裁判所が守ったのは「事実」ではなく「書き方」だった

この判決で最も重要な論点は、実は著作権侵害そのものではありません。

「通信社の配信記事に、そもそも著作権があるのか」——被告はここから争いました。

「新聞記事は事実の報道に過ぎないから著作権はない」という主張です。
著作権法10条2項も、「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」は著作権の対象外と定めています。

一見、筋の通った反論です。しかし裁判所は、これを明確に退けました。

記者は、取材した情報を記事にする際、次のような創作的な工夫を行っています。

  • 何を先に書くか(冒頭に重要情報を置く「逆三角形構成」)
  • どの情報を盛り込み、何を省くか(取捨選択)
  • どう要約し、どう言葉を選ぶか(表現方法)
  • どのコメントを、どの順番で配置するか(構成の工夫)

裁判所が保護したのは、ニュースそのものではありません。ニュースを伝える「表現」でした。

ここが本判決の知的な核心です。報道されている「事実」は誰のものでもない。しかし、その事実をどう伝えるかという記者の判断と技術には、著作権が宿る。裁判所はそう判断しました。

🏢 なぜ「社内共有」が著作権侵害になるのか

社内イントラは「公衆送信」にあたる

著作権法23条1項は「公衆送信権」を定めています。著作物を、不特定の者が受信できる状態に置く行為は、著作権者の許諾なしには行えません。

本件では、被告の不特定の従業員が閲覧できる状態に記事データが置かれていたことが認定されました。社内イントラネットは、会社の従業員であれば誰でも閲覧できる仕組みです。これが「公衆送信」に該当すると判断されました。

「社外に出ていないから大丈夫」ではありません。

なお、社内利用であっても、許諾がある場合・ライセンス契約がある場合・適法な引用に当たる場合は著作権侵害にはなりません。「社内は一切ダメ」ではなく、「無許諾・無確認が危険」というのが正確な理解です。

「知らなかった」は過失になる

被告の会社は、新聞記事の著作権について、調査も確認も行っていませんでした。

裁判所は、この「何もしなかった」こと自体を過失と認定しました。

著作権侵害に問われるのは、故意だけではありません。確認すべきことを確認しなかった——その怠慢が、法的責任を生じさせます。

💴 「1記事あたり3,000円」の積み重ね

今回の損害額は、共同通信社が定めていた利用料基準を裁判所が相当と認め、そのまま採用されました。

掲載期間利用料基準(1記事)
3か月以下3,000円
3か月超〜6か月以下5,000円
6か月超〜1年以下10,000円
1年超〜2年以下15,000円

今回は約80本の記事で、合計87万円超。

「たかが新聞記事のコピー」と思っていた行為が、積み重なると高額の賠償になります。日常的に大量の記事を社内配信している企業なら、その金額は容易に数百万円を超え得ます。

🛡️ 今すぐ確認すべき3つのこと

現状の棚卸し
社内イントラ、グループウェア、社内チャット(Slack、Teamsなど)に、新聞記事・雑誌記事・ウェブ記事を無許諾で貼り付けている運用がないか確認する。

正規サービスへの切り替え
日本経済新聞の「日経テレコン」や各社が提供する法人向け記事配信サービスを契約すれば、許諾の範囲内で記事を活用できます。コストはかかりますが、リスクと比較すれば合理的な選択です。

社内ルールの整備
「著作物の社内利用に関するガイドライン」を策定し、全従業員に周知する。「良かれと思ってやった」は、会社として防げません。

🐯 弁護士佐藤嘉寅(とら先生)の視点

今回の判決が突きつけているのは、技術的な著作権の話だけではありません。

被告企業は、善意で情報を共有していた。それは間違いないと思います。しかし裁判所は、善意も、営利目的のなさも、免責の理由としては認めませんでした。

企業法務において最も怖いのは「悪いことをしよう」という意図がある違反ではありません。「これくらい大丈夫だろう」という思い込みが積み重なった慣行です。

本件はまさにその典型でした。

著作権侵害は、悪意がなくても成立します。問われるのは「知っていたか」ではなく、「確認したか」です。

今日、あなたの会社の社内チャットに、誰かが新聞記事を貼り付けていませんか。

「うちは大丈夫」——その根拠を、今すぐ確認してください。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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