
🥀 「怒鳴られたことは、一度もないんです」
たとえば、こんな相談があります。
夫は物静かな人で、声を荒げることはほとんどない。もちろん、手を上げられたこともない。
しかし、妻が選ぶ服、作る料理、友人との付き合いに、いちいち小さなため息をつく。
「誰のおかげで生活できていると思ってるの」
「そんなこともできないの? 普通はできるよね」
そんな言葉が、毎日のように静かに、淡々と投げかけられる。
実家に帰ることも、友人と会うことも、次第に気が引けるようになり、気づけば心療内科に通うようになっていた。
そして「離婚したい」と切り出すと、夫からこう言われます。
「僕は一度も手を上げていない。生活の面倒も見てきた。それをモラハラだと言うなら、証拠を見せてほしい」
このような場合、裁判でモラハラを理由に離婚することはできるのでしょうか。
ここで最初に知っておいてほしいことがあります。
「自分は長い間、モラハラに苦しんできた」ということと、「裁判でモラハラを証明できる」ということは、同じではありません。
この違いが、モラハラを理由とする離婚の難しいところです。
⚖️ モラハラという名前の「離婚原因」があるわけではない
裁判で離婚が認められる原因は、民法770条1項に定められています。
モラハラそのものを名指しした離婚原因が法律に定められているわけではありません。
実際の裁判では、モラハラを含む夫婦関係全体を見て、民法770条1項4号の「婚姻を継続し難い重大な事由」があるといえるかどうかが問題になります。
ここで大切なのは、一度の言い争いや、一度きついことを言われたというだけで、直ちに法律上の離婚原因になるわけではないということです。
裁判所は、たとえば、
- その言動がどのくらいの期間、繰り返されていたのか
- 人格否定、経済的な支配、交友関係の制限など、どのような言動があったのか
- 夫婦間の通常の意見の相違や口論を超えるものだったのか
- その結果、生活や心身にどのような影響が生じたのか
- それまでの夫婦関係や、婚姻関係が破綻するに至った経緯
などを総合的に見て判断します。
だからこそ、モラハラを理由とする離婚では、「何をされたのか」を具体的な事実として示すことが重要になります。
💥 「言った・言わない」で終わらせないために
モラハラの難しさは、家庭という閉ざされた場所で行われることが多い点にあります。
相手から、
「そんなことは言っていない」
「そんな意味で言ったのではない」
「普通の夫婦喧嘩だった」
と否定されれば、裁判所は双方の言い分だけから事実を判断しなければなりません。
そこで重要になるのが、当時の記録です。
モラハラの証拠として考えられるものには、次のようなものがあります。
- LINE、メール、SNSなどのメッセージ
- 会話の録音
- 日記やメモ
- 心療内科・精神科などの通院記録や診断書
- 家族や友人などへの相談記録
- 実際の言動を見聞きした第三者の証言
ただし、単にこれらを「持っている」だけでは十分とは限りません。
何を残すかと同じくらい、「どう残すか」が大切です。
LINEは「重要部分」と「全体」の両方を残す
最近の離婚事件で、非常に重要な証拠になることが多いのがLINEなどのメッセージです。
相手から、
「お前は何をやってもダメだ」
「俺の金で生活しているくせに」
といった発言が送られていれば、そのメッセージ自体が重要な資料になります。
しかし、問題の発言だけをスクリーンショットで切り取ると、前後の文脈が分からなくなることがあります。
そこで、重要な発言については日時や前後のやり取りが分かる状態でスクリーンショットを保存するとともに、LINEのトーク履歴自体もテキストとして保存しておく方法があります。
大量のトーク履歴だけでは重要な発言を探しにくく、スクリーンショットだけでは会話全体の流れが分かりにくい。
ですから、
「全体を残す」「重要部分を抜き出して残す」
この両方をしておくことをお勧めします。
録音は、できれば前後の会話まで
モラハラの立証では、録音も重要な資料になり得ます。
実際にどのような言葉が使われ、どのような口調で、どのような流れの中で発言されたのかが記録として残るからです。
可能であれば、問題となる一言だけではなく、その前後の会話も残しておいた方が、後から状況を理解しやすくなります。
一回の録音ですべてを証明しようと考える必要もありません。
問題となる言動が継続しているのであれば、その実態が分かるように記録を積み重ねていくことが大切です。
日記やメモは「モラハラされた」ではなく、具体的に
日記やメモも、作り方によって意味が変わります。
たとえば、
9月15日 今日も夫にモラハラされた。つらかった。
だけでは、具体的に何があったのか分かりません。
それよりも、
9月15日午後8時ごろ。自宅で夕食中、夫から「お前は本当に何もできないな。普通の主婦ならこれくらいできる」と言われた。長男も同席していた。その後、約1時間無視された。
というように、できる範囲で、
いつ、どこで、誰から、何を言われたのか。誰がその場にいたのか。その後どうなったのか。
を具体的に残しておいた方が、後から出来事を説明しやすくなります。
また、何か月も経ってから過去をまとめて書くより、その日のうちなど、出来事に近い時期に記録しておく方が、その当時の状況を示す資料として意味を持ちやすくなります。
診断書があれば、モラハラが証明できるわけではない
精神的な負担から心療内科や精神科に通院するようになった場合、通院記録や診断書は重要な資料になることがあります。
適応障害、うつ状態などの診断がされていれば、精神的な被害の程度や経過を示す資料になり得ます。
ただし、ここには注意が必要です。
診断書があることと、配偶者によるモラハラ行為が証明されたことは同じではありません。
医療記録は心身の状態を示すものですが、「相手が実際にどのような行為をしたのか」は、LINE、録音、日記など、ほかの証拠とあわせて示していく必要があります。
受診するときにも、後から証拠を作るという発想ではなく、その時に実際に起きていることや自分の症状を、医師に正確に伝えておくことが大切です。
家族や友人に相談しておくことにも意味がある
家族や友人への相談も、場合によっては資料になります。
ただし、「本人からモラハラを受けていると聞いていた」という話と、その人自身が相手の言動を実際に見聞きしたという話とでは、証拠としての意味は異なります。
たとえば、当時家族や友人に送っていたLINEやメールが残っていれば、その時期に本人がどのような被害を訴えていたのかを示す資料になることがあります。
また、相手の言動を実際に見聞きしていた第三者がいる場合には、その人の証言が重要になることもあります。
DV防止法による保護が必要な場合もある
言動が脅迫的なものにエスカレートし、生命や心身に重大な危害を受けるおそれがある場合には、単なる離婚問題として考えるべきではないこともあります。
状況によっては、離婚手続とは別に、DV防止法に基づく接近禁止命令などの保護命令を検討すべき場合があります。
2024年4月施行の改正により、精神的な被害についても保護命令制度の対象が拡大されています。
身の危険を感じる状況にある場合には、離婚の証拠を集めることよりも、まず安全を確保することを優先してください。
🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点
モラハラの立証は「一発逆転」ではありません。数が命です
モラハラの相談を受けていて、難しいと感じることがあります。
本人が長い間、本当につらい思いをしてきたことは分かる。
しかし、それを裁判で証明できるかというと、話は別なのです。
実際、モラハラだけを理由として離婚原因が認められるケースは、決して多くありません。まして、モラハラを理由に慰謝料まで認めてもらうことは簡単ではありません。
慰謝料が認められたとしても、「これだけ長い間つらい思いをしてきたのに、この金額なのか」と感じることも少なくありません。
裁判所は、「私は何年も苦しんできました」という訴えだけで判断することはできません。
では、何が必要なのか。
私は、モラハラの立証は「事実の積み重ね」だと考えています。
いつ、どこで、何を言われたのか。
それは一度だけだったのか、何度も繰り返されていたのか。
そのとき、どのようなやり取りがあったのか。
その結果、生活や心身にどのような影響が生じたのか。
一つひとつを見ると小さな出来事でも、それが何十件、何百件と積み重なることで、夫婦関係の実態が見えてくることがあります。
だから、少し乱暴な言い方をすれば、モラハラの証拠は「数が命」です。
最近の事件で特に有効だと感じるのは、やはりLINEなどのメッセージです。
相手からの暴言そのものが残っている場合はもちろんですが、その前後のやり取りまで残っていれば、「当時、実際にこのようなやり取りがあったのだろう」と判断するための重要な資料になります。
LINEは、重要な部分についてスクリーンショットを撮っておくとともに、トーク履歴をテキストとして保存しておく。
「全体を残す」「重要部分を抜き出す」の両方をしておく。
これは、実際の事件でもお勧めしている方法です。
そして、もう一つ有効なのが録音です。
モラハラは家庭内で行われることが多く、第三者がその場を見ているとは限りません。実際の発言や会話の流れがそのまま残る録音は、重要な証拠になり得ます。
ここでも、一回だけの録音ですべてを証明しようとするのではなく、継続的な言動であれば、その実態が分かるように記録を積み重ねていくことが大切です。
曖昧な主張を重ねるのではなく、具体的な事実を重ねる。
それが、見えにくいモラハラを裁判所に伝えるための基本だと、私は考えています。
感情的な応酬になったときにも、記録は大切
夫婦関係が悪化すると、双方が感情的になり、激しい言葉を交わしてしまうことがあります。
だからといって、自分にも一度強い言葉があったというだけで、相手のモラハラが認められなくなるわけではありません。
裁判所は、婚姻関係が破綻するまでの経緯や双方の言動を総合的に見ます。
ただ、激しい応酬が繰り返されていると、後から見たときに、どちらがどのような言動をし、それが夫婦関係にどのような影響を与えたのかが分かりにくくなることがあります。
その意味でも、感情的な応酬に巻き込まれすぎず、できるだけ冷静に対応し、その経過を残しておくことが、結果として事実関係を説明する助けになります。
見えにくい傷だからこそ、記録を残す
声を荒げられたことがなくても、傷は残ります。
殴られた痕のように、写真を一枚撮れば伝わる傷ではないからこそ、モラハラの立証は難しいのです。
「誰のおかげで生活できていると思ってるの」
「そんなこともできないの?」
一つひとつの言葉だけを取り出せば、裁判所にはその家庭で何が起きていたのか分からないかもしれません。
だからこそ、記録を残す。
LINEを残す。録音を残す。
日時と具体的な出来事を残す。
そして、それを一つずつ積み重ねていく。
本人にしか見えなかった傷を裁判所に伝えるためには、その日々を「具体的な事実」として残しておくことが大切なのです。
🌿 次回予告
「これだけのことをされてきた。慰謝料はいくら請求できるのか」
モラハラについて相談を受けると、次に出てくるのが慰謝料の問題です。
ところが、実際の裁判で認められる慰謝料額は、被害を受けた本人の感覚とはかなり隔たりがあることがあります。
「何年も苦しんできたのに、これだけなのか」
そう感じることも珍しくありません。
次回は、モラハラによる慰謝料の現実的な相場と、金額を左右する事情についてお話しします。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

お気軽にお問い合わせください。03-6206-9382電話受付時間 9:00-18:00
[土日・祝日除く ]
メールでの問合せは全日時対応しています

