🥀 「300万円、請求できますよね?」

モラハラを理由に離婚したいという方から、こんな質問を受けることがあります。

「先生、ネットを見ると『モラハラの慰謝料は300万円』と書いてあります。私も300万円くらい請求できますよね?」

長い間、人格を否定するような言葉を浴びせられてきた。
行動を細かく制限されてきた。
相手の顔色をうかがいながら生活し、心療内科に通うようになった。
LINEや録音も残っている。

それだけのことをされてきたのだから、相応の慰謝料を払ってほしい。
そう考えるのは自然なことだと思います。

ところが、実際の離婚事件では、インターネットで見かける「慰謝料の相場」と、裁判や交渉の現実との間に、かなりの隔たりを感じることがあります。
特にモラハラの場合、その傾向は強いと感じます。

そもそも、モラハラだけを理由に慰謝料が認められること自体、簡単ではありません。

「300万円か、200万円か」

という金額の話をする前に、「そもそも慰謝料を支払う義務があるのか」というところから争いになることが多いのです。

⚖️ モラハラ慰謝料に「定価」はありません

モラハラを理由とする慰謝料請求は、法律上、不法行為に基づく損害賠償請求として問題になります(民法709条、710条)。

しかし、法律のどこにも、

「モラハラをしたら100万円」
「5年間続いたら200万円」

といった金額表が書かれているわけではありません。

裁判所は、それぞれの夫婦について、

  • 婚姻期間
  • どのような言動があったのか
  • その言動がどの程度の期間、どのくらいの頻度で続いたのか
  • 行為の悪質性
  • どの程度の精神的苦痛や心身への影響が生じたのか
  • 婚姻関係が破綻するまでの経緯

など、さまざまな事情を総合的に考慮して慰謝料額を判断します。

当事者の資力や社会的地位、子どもの有無などが考慮される場合もあります。
つまり、「モラハラだから○万円」という単純な計算式はありません。

💥 「100万円~300万円が相場」をどう考えるか

インターネットで検索すると、
「モラハラ慰謝料の相場は100万円~300万円」などと書かれた記事を見かけることがあります。

こうした数字だけを見ると、

「それなら自分も200万円くらいは取れるだろう」
「これだけひどいことをされたのだから300万円は当然だ」

と思ってしまうかもしれません。

しかし、私は「モラハラなら○万円が相場」と考えること自体を、あまりお勧めしていません。

なぜなら、モラハラの慰謝料では、金額以前に、慰謝料の対象となるような行為があったこと自体を立証しなければならないからです。

前回の記事でもお話ししましたが、モラハラは「事実の積み重ね」です。
「何年もモラハラを受けていました」
という主張だけで慰謝料が認められるわけではありません。

いつ、どこで、何を言われたのか。
どのくらい繰り返されていたのか。
LINEや録音などの記録はあるのか。
その結果、生活や心身にどのような影響が生じたのか。

こうした具体的な事実を一つずつ立証して、初めて慰謝料の話になっていきます。

証拠が多ければ、慰謝料も高くなる?

ここも誤解されやすいところです。
前回、モラハラの証拠について「数が命」と書きました。

では、LINEが100件あれば、50件の場合より慰謝料が倍になるのでしょうか。
もちろん、そういう話ではありません。

証拠は、慰謝料額そのものを機械的に増やすものではなく、

「どのような行為が、どの程度の頻度で、どれくらいの期間行われ、それによってどのような被害が生じたのか」
を裁判所に認定してもらうためのものです。

一回の暴言なのか。
何年にもわたって人格否定が繰り返されていたのか。
経済的な支配や交友関係の制限まで行われていたのか。
その結果、精神的な不調が生じたのか。

証拠によってこうした事実が認定され、その内容や程度が慰謝料額の判断につながっていきます。

ですから、

証拠の量と慰謝料額が比例するわけではありません。

大切なのは、証拠によって夫婦の間で実際に何が起きていたのかを、どこまで具体的に示せるかです。

「診断書があるから高額になる」とも限らない

心療内科や精神科の診断書も、慰謝料を考えるうえで重要な資料になることがあります。

しかし、ここでも注意が必要です。
たとえば適応障害やうつ状態などの診断を受けていたとしても、その診断書だけで、

「配偶者のモラハラが原因で発症した」

と当然に認定されるわけではありません。

診断書や通院記録は精神的な被害の程度や経過を示す資料になりますが、原因となった相手の言動については、LINE、録音、日記などの証拠とあわせて判断されることになります。

診断書がある。

だから慰謝料○万円。

という単純な関係ではありません。

慰謝料の交渉は「300万円か100万円か」から始まらない

ここが、実際のモラハラ案件とインターネット上の「相場」の話との一番大きな違いかもしれません。

モラハラの慰謝料を請求すると、相手から、「確かにモラハラをしました。慰謝料を払います。あとは金額だけ決めましょう」と言われるのでしょうか。

実際には、そのような展開になることはまずありません。

多くの場合、

「モラハラなどしていない」
「普通の夫婦喧嘩だった」
「そんなことは言っていない」
「むしろ自分の方がひどいことを言われていた」

と反論されます。

つまり、実際の交渉は、「300万円か100万円か」ではなく、「0円か、それとも慰謝料支払義務があるのか」から始まることが多いのです。

この現実を抜きに「相場はいくらか」だけを考えてしまうと、実際の交渉や裁判との間に大きなズレが生じます。

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

モラハラで100万円の和解案が出たら、どう考えるか

たとえば、モラハラを理由として慰謝料を請求している事件で、相手から、
「100万円を支払うなら和解する」
という提案が出たとします。

依頼者から、「ネットでは300万円と書いてありました。100万円では納得できません」と言われたら、どうするか。

もちろん、身体的な暴力を伴っている、極めて悪質な行為が長期間続いているなど、事案によって判断は変わります。

しかし、純粋なモラハラ案件で100万円を支払うという現実的な和解案が出ているのであれば、私は基本的には応じる方向で考えます。
なぜなら、モラハラだけを理由として慰謝料を認めてもらうこと自体、決して簡単ではないからです。

100万円では納得できないとして訴訟を続けた結果、裁判所がこちらの主張するモラハラ行為を十分に認定せず、慰謝料が認められない可能性もあります。

慰謝料が認められたとしても、期待していたほどの金額にならないこともあります。
さらに裁判を続ければ、時間もかかります。
弁護士費用などの負担もあります。
そして何より、離婚問題を抱えた状態で裁判を続けることは、本人にとって大きな精神的負担になります。

だから私は、「最大でいくら取れるのか」だけではなく、「今ある証拠と相手の状況を踏まえて、現実にどこで解決するのが一番いいのか」を依頼者と一緒に考えます。

慰謝料請求は、最高額を獲得するゲームではありません。
離婚後の生活へ進むために、どこで紛争を終わらせるのか。
そこまで含めて考えるのが、実際の離婚事件だと思っています。

「認められた金額」と「受け取れる金額」も違う

もう一つ、慰謝料を考えるときに忘れてはいけないことがあります。
裁判所で慰謝料が認められることと、そのお金を実際に受け取れることは別の問題です。
仮に判決で慰謝料の支払いが命じられても、相手が任意に支払わないことがあります。
相手に十分な預貯金や給与などがあれば、強制執行によって回収することも考えられます。

しかし、相手に資力がなければ、判決を取ったからといって直ちに全額を回収できるとは限りません。だからこそ和解を考えるときには、

「いくらで合意するのか」だけではなく、

「いつ支払ってもらうのか」
「一括で払えるのか」
「本当に支払える相手なのか」

というところまで考える必要があります。
高い金額の判決を取ることと、現実にお金を受け取ることは、同じではありません。

慰謝料請求には時効もある

慰謝料請求には時効があります。
ただし、モラハラの場合、個々の行為に対する慰謝料を問題にするのか、離婚に至ったこと自体についての慰謝料を問題にするのかなどによって、時効の考え方が異なる場合があります。

「昔のことだから、もう請求できないだろう」

あるいは逆に、「離婚するときにまとめて請求すれば大丈夫だろう」と自己判断するのは危険です。

慰謝料請求を考えているのであれば、早めに弁護士へ確認することをお勧めします。

慰謝料は、あなたの苦しみの「値段」ではありません

ここまで読むと、「それでは、何年も苦しんできたのに100万円しか認められなかったら、私が受けた苦しみは100万円分だったということですか」と思う方がいるかもしれません。

そうではありません。
裁判所は、法律上認定できる事実や証拠に基づいて、精神的損害を金銭に換算しなければなりません。

しかし、人が結婚生活の中で受けた苦しみを、本当に100万円、200万円、300万円と正確に測れるわけではありません。

慰謝料は、あなたの苦しみに値札を付ける制度ではありません。

裁判所が認めた金額が低かったからといって、あなたが受けた苦しみが小さかったという意味でもありません。
法律が金銭で評価できる範囲と、実際に人が受けた傷の大きさは、必ずしも一致しないのです。
だからこそ私は、慰謝料の金額だけを離婚事件の「勝ち負け」にしてほしくないと思っています。

何を認めてもらうのか。
どこまで争うのか。どこで紛争を終わらせるのか。
そして、離婚したあと、どのような生活を取り戻していくのか。

慰謝料について考えるときには、その先の人生まで含めて考えてほしいと思います。

🌿 次回予告

慰謝料について合意した。あるいは、裁判所から支払いを命じる判決を得た。

それでも、相手が支払わなかったらどうなるのでしょうか。
「払わない」と言われたら、もう諦めるしかないのでしょうか。

もちろん、そうではありません。

次回は、慰謝料や養育費など、離婚に伴う金銭を相手が任意に支払わない場合に使われる**「強制執行」**について、実際に何ができるのか、そしてどこに難しさがあるのかをお話しします。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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