令和7年4月25日東京地方裁判所民事第7部/令和4年(ワ)24415号

💬 「相手はAmazonですよ」

夜のオフィスに、一人残ってパソコンの画面を見つめていた。
「まただ……」
モニターには、見覚えのある製品名――正規のパルスオキシメーター。
だが、出品者は見知らぬ業者。価格は自社の半分以下。
レビュー欄には、「壊れた」「偽物かもしれない」との書き込みが並んでいた。

胸の奥がざらつく。
自分たちが十年かけて築いてきた信頼が、たった数行の文字で壊されていく。
しかも、それを放置しているのは――世界最大のECサイト、Amazonだった。

何度も問い合わせを送った。
何度も削除申請を出した。
それでも、返ってくるのは定型文のメールだけ。
「調査中」「仕様です」「問題は確認できません」――無機質な言葉の繰り返し。

社員たちの顔が浮かぶ。
地方の病院に正規品を届けるため、夜遅くまで梱包を続ける現場スタッフ。
営業担当が汗を流して築いた販売ルート。
その努力が、偽造品に踏みにじられていく。

「相手はAmazonですよ。」
顧問弁護士が、慎重に言葉を選んだ。
誰もが一度は口にする、その一言。
だが、代表の目に迷いはなかった。

「それでも――やるしかない。」

巨大なプラットフォームが作り上げた“最安値の罠”に、
小さな正規販売会社が正面から挑む。
その闘いが、静かに始まった。

📌 本記事の冒頭ストーリーは、実際の判例を参考に再構成したフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。


🚨 不正出品が止まらない――Amazonの“見て見ぬふり”

2025年4月25日、東京地方裁判所が下した判決は、
Amazonユーザーの購買行動と巨大プラットフォームの責任に一石を投じました。

血中酸素濃度を測る「パルスオキシメーター」の正規販売会社がアマゾンジャパンを訴え、
裁判所はAmazonに3500万円の損害賠償を命じたのです。

単なる販売トラブルにとどまらず、
私たち消費者が日常的に行っている「最安値探し」の行動が、
どのように偽造品市場とつながり、正規品を市場から駆逐してしまうかを浮き彫りにした事案でした。


⚖️ 事件の背景

  • 原告:医療機器メーカー(トライ社)と、その製品を独占販売する販売会社(エクセル社)
  • 商品:パルスオキシメーター(特定保守管理医療機器。薬機法上、販売には許可が必要)
  • 被告:アマゾンジャパン合同会社

原告の主張:

  • Amazonは出品契約に基づき、偽造品や無資格出品を監視・排除する義務を怠った
  • 正規品ページが削除され、売上機会が失われた
  • 損害賠償として約2億円を請求

🏢 Amazonの仕組みと「二重の罠」

Amazon特有の「相乗り出品」システムが、今回のトラブルの温床となりました。

① 偽造品が「市場価格」に化ける

  • 正規品と偽造品が同一商品ページに並ぶ
  • 偽造品が極端に安いため、システムが正規品を「高すぎる」と判定
  • 正規品が出品停止・削除される
    → **「安価な偽造品=市場価格」**という錯覚が生まれる

② レビューが「偽物の声」で汚染される

  • 偽造品を買った消費者が「壊れた」「粗悪品」と低評価を投稿
  • そのレビューが正規品ページにも反映され、正規品の信用までも失墜

🏢 Amazonの主張:「我々は場を提供しているだけ」

Amazonは次のように反論しました。

  • 出品者の誤った価格設定を防ぐために自動検知で停止しただけ
  • 「相乗り出品」はAmazonの基本設計であり、特定販売者の利益を守る義務はない
  • レビュー削除義務はなく、購入者の意見は重要な情報
  • 出品契約の免責条項により、損害賠償責任は限定される

つまり、「市場の自由競争の結果であり、Amazonは責任を負わない」という立場でした。


👩‍⚖️ 裁判所の判断:「重過失」として免責条項を排除

東京地裁はAmazonの対応を「重過失」と断じ、免責条項の適用を否定しました。

1️⃣ 出品契約上の義務

Amazonはプラットフォーム事業者として、

  • 不正出品の監視・排除
  • 正規品の販売機会確保
    の義務を負うと認定。

2️⃣ 義務違反の具体例

  • 原告の申告に対し調査を怠り、正規品ページを削除
  • 停止解除まで数十日~2か月を要し、合理的期間を超過
  • レビュー削除義務は否定も、偽造品放置自体が契約違反

3️⃣ 免責条項の制限

「損害は免責」とする条項について、
裁判所は「重過失がある場合には適用されない」と判断し、
Amazonに販売会社(エクセル社)に対する3500万円の賠償を命じました。


💡 この判決が示す教訓

① 消費者への警鐘:「最安値信仰」のリスク

極端に安い商品には必ず理由があります。
特に医療機器のような製品では、信頼できる販売元の確認が不可欠です。

② プラットフォームの責任強化

「場を提供しているだけ」という言い逃れは通用しません。
Amazonは契約上、出品者と消費者の信頼を守る義務を負うと明示されました。

③ 情報の信頼性の低下

レビューや価格が“真実”とは限りません。
私たち消費者にも、複数の情報を照らし合わせるリテラシーが求められます。


🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

「最安値」の裏側にある沈黙の罪。3,500万円の判決が問う“責任”の所在

この判決は、単なる知的財産や契約上の損害の問題ではありません。
それは、「市場の自由」という名のもとに放置されてきた無関心の構造」に、法が初めて真正面から警鐘を鳴らした事件です。

Amazonは、偽造品や無資格出品による被害を繰り返し報告されながら、
「仕様です」「調査中」「問題は確認できません」という定型的な返答に終始しました。
その結果、正規販売者は市場から排除され、消費者は「安い偽物」を“正しい価格”と信じてしまう。
その沈黙と放置こそが、裁判所のいう「重過失」だったのです。

東京地裁が免責条項の適用を排除し、3,500万円の賠償を命じた背景には、
「見て見ぬふりは、もはや自由競争ではない」という強い司法の意思があります。
この金額は、単なる補償ではなく、「誠実さを失ったビジネス」に対する社会的な制裁の意味を持つといってよいでしょう。

💡 消費者もまた、“選ぶ責任”を負う時代へ

私たちもまた、この判決から目をそらしてはいけません。
「最安値」という言葉の裏には、誰かの労力、信頼、そして倫理が犠牲になっている現実があります。
レビューや価格が真実とは限らない時代、「安いから」ではなく「正しいから」買うという選択が、
偽造品を駆逐し、正規の努力を守る唯一の道なのです。

⚖️ 巨大なプラットフォームに求められる「透明な正義」

法は、力を持つ者にこそ厳しく問いかけます。
Amazonのような巨大プラットフォームは、
もはや単なる「場」ではなく、社会全体の市場構造を支配する準公共的存在です。

だからこそ、そこに求められるのはスピードでも利便性でもなく、透明性と誠実性です。
監視を怠らず、正規の努力を守る仕組みを整えること。
それが「自由市場」の名の下に商売をする者の、最低限の倫理であり義務です。

「最安値の罠」
それは、偽造品の問題であると同時に、私たちの消費行動そのものが映し出す鏡でもあります。
法は、沈黙を許さず、信頼を守るために存在します。
その静かな正義が、ようやく巨大な影を貫いた――この判決の意義は、そこにあります。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

Profile Picture

お気軽にお問い合わせください。03-6206-9382電話受付時間 9:00-18:00
[土日・祝日除く ]
メールでの問合せは全日時対応しています

お問い合わせ

コメントを残す