🛡️公益通報者は誰が守る?
──法改正と和歌山市職員の自死から見える課題

🌃「正しいことをしたはずだったのに」
窓の外で、セミが鳴いていた。
職場の冷房は古く、書類の間に湿気がこもる。そんな小さな不快さが、妙に身体にまとわりつく午後だった。
岩田(仮名)は、児童館の一角でひとり、PC画面を睨んでいた。
上司の指示で作らされた“架空の出張申請”。
実施されていない行事、記録だけの活動報告──
「うちは、こういうの昔からやってるから」
軽く言われた言葉が、今も耳に残る。誰にも言えなかった。
若手で異動したばかりの自分に、逆らえるはずがない。
でも、子どもたちのために働きたいと願った気持ちを、
こんな嘘で汚すことだけは、どうしてもできなかった。
通報を決意した日の夜、手は震えていた。
でも、「これで変わるかもしれない」と思った。
そう信じたかった。
けれど──
その後、職場は何も変わらなかった。
いや、むしろ悪くなった。
挨拶をしても、返されない。
飲み会の案内は届かず、報告書は何度も差し戻された。
一度、コピー室で書類を落としたとき、上司はそれを見ても、拾おうとしなかった。
「君は、職場の空気を壊したんだよ」
そう言われた気がして、何も言い返せなかった。
正しいことをしたはずだったのに──
その思いだけが、毎日少しずつ、彼を締めつけていった。
📰和歌山市職員の自死と法改正の背景
2025年6月11日、「改正公益通報者保護法」が公布されました。
その直前、和歌山市で起きたある提訴が、公益通報制度の本質と限界をあらためて私たちに突きつけています。
■ 和歌山市職員・岩橋さんの死
2018年、和歌山市の児童館に勤務していた岩橋良浩さん(当時28歳)は、上司から架空の補助金申請を指示され、苦悩の末、同年8月に公益通報を行いました。
しかしその後も組織の対応は冷たく、2020年には、不正に関与した職員たちが岩橋さんと同じフロアに異動。再び精神的な追い詰めにさらされ、彼は自ら命を絶ちました。
遺族は2025年6月、和歌山市を相手取り約8700万円の損害賠償を求めて提訴。
市の調査機関も、人事配置の「不適切さ」は認めながらも、公益通報者に対する「不利益な扱い」は否定。
ここに、制度と現実のあいだに横たわる深いギャップが浮き彫りになっています。
🧾改正公益通報者保護法のポイント
✅ 1. 通報体制整備義務の「実効性」を強化
- 従業員301人以上の企業・団体に課されていた「通報対応体制の整備義務」(通報窓口設置等)は、2022年改正から引き続き有効。
- 今回の改正で、新たに「命令権限」が行政に付与され、これに違反した場合には30万円以下の罰金(法人にも両罰規定)が科されるようになりました。
- 外部弁護士や第三者機関への委託も引き続き可能で、組織の中立性確保が求められます。
✅ 2. フリーランスも保護対象に
- 新たに、「特定受託業務従事者」──業務委託を受けて働くフリーランスや一人法人等も、公益通報の保護対象に。
- 業務終了後1年以内の通報も保護され、報復的な契約解除や取引停止などは違法。
✅ 3. 報復処分の禁止と推定規定
- 通報後1年以内の処分には、「通報を理由とするもの」と推定され、事業者側に立証責任。
- 通報を理由とした解雇・降格・不利益配置等の行為に対しては、個人に6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人には最大3,000万円の罰金。
✅ 4. 探索行為の禁止
- 通報者を特定しようとする探索行為や、公益通報をしないよう約束させる行為も、今回の改正で新たに禁止行為として明文化。
⚖️制度があっても救われない現実
今回の法改正は、確かに大きな前進です。
とくに、フリーランスや外部委託者への保護拡大は、近年の労働形態の多様化を受けた重要な措置です。
しかし、和歌山市職員の岩橋さんの事案を振り返れば、「制度の整備」と「現場の運用」には決定的な乖離があります。
形式的に「不利益取り扱いではない」とされても、精神的な圧迫や再配置による疎外感は、通報者の尊厳を容易に奪ってしまうのです。
🔍チェックリスト:通報者が知っておくべきポイント
- ✅ 通報は「公益性」があること(法令違反・人命に関わる問題)
- ✅ 匿名でも保護対象(ただし証拠の保全には課題も)
- ✅ 通報は社内だけでなく行政窓口や外部にも可能
- ✅ 「通報者を保護する内部規程」が整っているか確認を
💡まとめ:制度を活かすのは現場の姿勢
制度の存在だけでは、通報者を守ることはできません。
必要なのは、「通報者を守る」という共通認識と、日々の運用でしょう。
私たちが見落としてはならないのは、
“声をあげた人の人生が壊されない社会” を実現すること。
そのために、制度を知り、関わり合う姿勢が求められています。
📚 参考リンク・資料
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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