従業員の退社後の競業避止義務違反の対処法

どの会社も、一度は、頭を悩ます従業員の独立問題、競業他社への転職。こういった相談は多く寄せられています。
すでに競業避止義務違反が起きてしまった後に問題を解決するのは、なかなか難しいのが実際のところですが、事前の予防に焦点を当て従業員の退社後の競業避止義務違反の対処法について説明します。

寺林顕先生
顧問先に介護事業をしている会社があるのですが、その会社を退職した従業員が、同じく介護事業をしている会社に就職して、退職前に商談のあった取引先と契約をしてしまったようです。その会社に話を聞いてみると、営業ツールとして使った資料も、ほとんど同じだったようで、会社としては到底許すことができないとのことなのですが、何とかなりませんか。退職時に競業避止義務・秘密保持義務の契約書は、作成したとのことです。
とら先生

まずは、退職時に作成した競業避止義務・秘密保持義務の契約書を確認する必要があります。
契約書を作っていれば、損害賠償請求をすることができる場合もありますが、従業員の職業選択自由から、契約しているからと言って、絶対に損害賠償請求が認められるというわけではありません。
事実関係と資料の整理をしてみましょう。

退職した従業員の競業行為。在職中に知った会社の得意先の担当者の連絡先を利用して、営業を行うことは、良く行われていることでしょう。
退職時に、競業避止義務の合意書(誓約書)を結ぶという会社も、増えてきたように思います。
こういった合意書(誓約書)がなくとも、判例上、退職した従業員は、信義則上、一定の範囲で在職中に知り得た会社の営業秘密をみだりに漏洩してはならない義務を負うと考えられていますが、実際に、合意書(誓約書)がない場合、会社として、退職した従業員の競業行為について、これを抑止するのは困難でしょう。

競業避止義務の合意書(誓約書)のポイント

競業避止義務の合意書(誓約書)を締結していたとしても、無限定に、その合意の有効性が認められるものではありません。
というのも、前職の職務経験を生かして仕事をするというのは、従業員にとっては、当たり前であるとも言えますし、憲法上の権利として職業選択の自由があるからです。
よって、元従業員の自由を過度に制約するような合意は、公序良俗違反として無効と考えられています。
合意が有効と考えられるポイントは、下記の6点とされています。

(会社の利益)
①会社に保護すべき正当な利益があること
(合理的な制限)
 ①を踏まえつつ、競業避止義務契約の内容が目的に照らして合理的な範囲に留まっているかどうかという観点から
②従業員の地位、業務の内容
③地域的な限定があるか
④競業避止義務の存続期間
⑤禁止される競業行為の範囲について必要な制限がかけられているか
(代償処置)
⑥代償措置が講じられているか
といった各点を総合的に考慮して判断されます。

違約金条項による抑止効果

競業避止義務に違反した場合の損害賠償請求は、競業行為によって、取引先から得られるはずであった売上等の経済的利益(逸失利益)が、認められることになりますが、実際の裁判では、会社側で、その損害額の立証をする必要があります。
これに対して、競業避止義務の合意書(誓約書)に、競業避止義務に違反して、競業行為をした場合に違約金を支払う旨定めると、競業行為が認定できれば、違約金の支払いを求めることができるため、競業行為の抑止的効果としては、有効といえます。

しかし、違約金条項を定めること自体は、有効と考えられていますが、ヤマダ電機事件で、東京地方裁判所(平成19年4月24日判決)は、違約金として給与6か月分としていた点について、次のように判示して、給与1か月分相当額の限度で、違約金を認めており、こちらも無限定に認められるものではないことを示しています。

『給与6か月分とする部分についてみると,給与は現実に稼働したことの対価として支給されるものであること,これをすべて違約金とした場合には被告に生ずる不利益が甚大であるのに対し,被告が本件誓約書に違反したことにより原告に具体的な損害が生じたとの立証はないことに照らすと,その全部を本件の違約金とすることは相当でない。しかし,被告による違反の態様が前記のとおり軽微なものではなかったこと,すなわち,被告が,原告在職中にc社の専務取締役と面談し,b社で派遣社員として働くことを決めた上で原告を退職し,退職の翌日からb社での勤務を開始して給与の支払を受けるようになったこと,他方,被告が原告を退職した後に転職先を探したとすれば,少なくとも1か月程度は給与の支払を受けられない期間があったであろうこと,被告が家電量販店又はその関連会社以外の職種に転職した場合には,給与等の面で優遇を受けられなかったであろうことといった本件の諸事情を考慮すると,給与の1か月分相当額の限度で,これを違約金とすることに合理性があるというべきである。』

東京地判平成19年4月24日労働判例942号39頁

とら先生ぷちコラム
退職した従業員が、退職した会社と競業する会社に転職したが、どうすれば良いかとの相談は、よくありますし、逆に、従業員の側から、退職後に、独立をしたいとの相談を受けることも、よくあります。
どちらのケースでも、退職時に、競業避止義務の合意書(誓約書)を結んでいるのかを確認することから始めます。
雇用契約書や就業規則にも、競業避止義務の条項の記載があるものがありますので、そちらも、重要となります。
会社側に立ってみれば、従業員が、競業他社に転職しないように強く縛りをかけたいと考えるのが、道理ではありますが、あまり強く縛りをかけすぎると、そもそも、競業避止の合意自体が無効と判断されることになります。
何事もやりすぎは、よくありません。競業避止義務の期間も、1年程度に定めているケースが多いと思います。2年だと長いです。先日拝見した合意書では、半年になっており、その他の制限条項も合理的な内容でした。
代償措置も重要で、実際に経験したもので、私が、従業員側で、会社側から、代償措置として、退職金を3倍にして支払っていると主張されたことがありました。確かに3倍支払ってもらっていたのですが、元々の退職金額が5万円で、3倍にして15万円にしかならず、流石に、これで代償措置として十分であるとは言えないでしょう、と反論したこともありました。
いずれにせよ、競業避止義務の合意書(誓約書)の有効性は、会社に保護すべき正当な利益があることを前提に、合理的な制限の範囲内なのかを総合的に考慮して判断することになります。
競業避止の問題でお悩みの際は、ぜひ、ご相談ください。
 

今回の質問者はこちらの方

社会保険労務士の仕事をされている寺林顕先生
とにかく人当たりの良い先生で、僧侶資格をもつからか話題も豊富、ついつい話に引き込まれてしまいます。
落語までこなし始めたと聞き、実際に、演目を聞いてみましたが、達者、とにかく達者。
人間力の溢れる社会保険労務士の先生です。

※ 質問内容は架空のものです。

寺林 顕

僧侶資格を持つ異色の社労士

東京労務オフィス代表 社会保険労務士

落語もこなす元僧侶の肩書を持つ社労士

出身は神戸の有馬温泉。
400年以上続くお寺の次男として生まれる。
一時は仏教の道を歩み始めるが、心機一転ビジネス社会へ転身。
「勝売」よりも「笑売」を愛する異色の社労士

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文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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