Empty wooden high chair in a dim, industrial room with scattered architectural drawings on the floor

🪑 世界1,400万台売れた椅子が、日本で「著作物ではない」と言われた日

世界で1,400万台売れた。世界中の親が選び続けた。
デザイン史に残る名作と言われた。
それでも、日本の最高裁はこう言った。

「著作物ではない。」

北欧生まれの子供用椅子、「TRIPP TRAPP(トリップ トラップ)」。
1972年のデザイン以来、半世紀以上にわたって世界中の家庭に愛されてきた椅子が、令和8年4月24日、日本の最高裁判所で著作物性を否定されました。

この判決は、デザインで勝負するすべての企業に、重大な問いを突きつけています。

「あなたのプロダクトは、本当に守られていますか。」

⚖️ 何が争われたのか——令和8年4月24日・最高裁判決

ノルウェーのメーカー2社は、日本の競合他社が製造販売する類似製品について、TRIPP TRAPPの著作権(複製権・独占的利用権)を侵害していると主張し、損害賠償等を求めました。

争点の核心は一つです。

「量産されて日常生活で使われることが予定されている椅子は、著作物か」

最高裁は、この問いに対して初めて明確な判断基準を示しました。

📐 最高裁が示した「新しいものさし」

最高裁は、量産実用品の著作物性について、次の基準を示しました。

「量産実用品の全体または部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想または感情の創作的な表現として把握することができる場合には、著作物に当たる」

平たく言えば、こういうことです。

「その形が、機能のためだけに存在しているのか。それとも、機能とは切り離して、思想や感情の創作的表現として独立して把握できるのか」

この二つを区別する——それが最高裁の立場です。

ここで一点、重要な補足があります。

従来の裁判例では「美的鑑賞の対象となるか」という表現がよく使われてきました。しかし今回の最高裁は、意図的にこの表現を採用していません。補足意見でも「『美的鑑賞』という言葉は、高度な芸術性や独創性が必要であるかのような誤解を招きかねない」と明示されています。

問われているのは芸術性の高さではありません。「機能に由来する構成とは別個に、創作的表現として把握できるか」——この一点です。

TRIPP TRAPPへの当てはめ

メーカーが著作権の根拠とした特徴は、「約66度の略L字型の2本の脚」「座面板と足置板の配置」でした。

最高裁の判断は明快でした。

「これらはすべて、子供用椅子としての機能に由来する構成だ。機能とは別個に、創作的表現として把握することはできない。よって著作物ではない。」

どれだけ美しいデザインでも、どれだけ世界で愛されていても、その形が「椅子として機能するための形」である以上、著作権では守れない——最高裁はそう結論づけました。

🏛️ なぜ著作権で守れないのか——意匠法との役割分担

この判決を理解するには、著作権法と意匠法の「役割分担」を知る必要があります。

著作権法意匠法
権利の発生創作と同時に自動発生特許庁への登録が必要
存続期間著作者の死後70年出願から25年
効力の範囲個人使用にも及ぶ業として行う行為のみ
著作者人格権ありなし

著作権は、手続き不要で、死後70年間、圧倒的に広範な保護が受けられます。

もしプロダクトデザインに著作権が広く認められるなら、メーカーは意匠登録をせずとも著作権で永続的に守れることになります。
しかしそれでは、意匠法という制度の存在意義が失われます。最高裁は、この弊害を明確に意識した上で、著作権と意匠法の守備範囲を厳格に線引きしました。

「量産実用品のデザインは、まず意匠法で守れ」——これが本判決の実務的メッセージです。

🌍 「海外では著作物として認められている」は通用しない

メーカー側は、欧米ではTRIPP TRAPPが著作物として認められていると主張しました。

最高裁はこれについても明確に答えています。

欧州では、著作権法と意匠法による「重畳的な保護」が制度として認められています。
米国では、実用品のデザインについて、機能部分と分離できる芸術的特徴のみが著作権で保護されるという明文規定があります。

しかし日本は違います。
著作権法と意匠法がそれぞれ独自の保護対象・保護要件を定めており、両者の守備範囲を合理的に区分する制度設計がとられています。

「海外で守られているから日本でも守られる」は、知的財産の世界では通用しません。

国際展開する企業が見落としがちな、重大な盲点がここにあります。

💡 では、どうすれば守れるのか

① 意匠登録を怠らない

プロダクトデザインの保護は、意匠法が本来の担い手です。登録には費用と時間がかかりますが、登録なしに権利は生まれません。

「うちのデザインはオリジナルだから大丈夫」——その油断が、模倣品を野放しにします。

新製品の開発と並行して、意匠登録の検討を必ず行ってください。存続期間は出願から25年。その間、登録意匠と類似するデザインの無断使用を排除できます。

② 著作権で守れるデザインかを見極める

今回の最高裁の基準によれば、機能とは切り離して「創作的表現として独立して把握できる」部分については、量産品であっても著作権の保護が及び得ます。製品表面に施した装飾模様、機能とは無関係な造形的要素などは保護の余地があります。設計段階から、意匠権と著作権の両面で戦略を立てることが重要です。

③ 海外展開時は各国の制度を個別に確認する

日本で保護されないデザインが海外で保護される場合も、逆もあります。知的財産の保護は、進出先の国の制度に従って個別に設計する必要があります。

🐯 弁護士佐藤嘉寅(とら先生)の視点

今回の最高裁判決が示したことは、法律の世界における「守備範囲の明確化」です。

著作権は強力な権利です。登録不要、自動発生、死後70年。これだけの保護を量産実用品のデザインに広く認めてしまえば、意匠制度は空洞化します。最高裁は、そのバランスを意識的に維持しました。

経営者やデザイナーの方に、一つだけお伝えしたいことがあります。
世界1,400万台売れた椅子でさえ、日本の著作権法では守られませんでした。
あなたの商品を守るための手続きを、今すぐ確認してください。

著作権は、黙っていても生まれる。しかし、プロダクトを守る権利は、動いた者にしか生まれない。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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