法改正トピック|2020年民法改正(令和2年4月1日施行)

🥀 「それは私の物だ。――今すぐ返してもらえますか」
突然の来客を秘書が告げる。
司法書士の大林(仮名)が、急いで、応接室のドアを開けると、剣呑な雰囲気を漂わす、スーツ姿の見知らぬ男。
「先生が亡くなった馬場様(仮名)の長女様から、その不動産の相続登記の依頼を受けていると聞きました。その不動産はすでに当社が購入しています。先生が預かっている登記識別情報通知は、本来、ウチが持つべきものです。今すぐ引き渡してください。」
その男は、馬場氏の印鑑証明書と売買契約書を示しながら、そう言った。
確かに、契約日は、亡くなる一月前。
しかし、登記識別情報通知は、依頼者である長女明美さん(仮名)から「遺産分割が終わるまで」と託された、何よりも重要な書類。
男の言い分は、一見すると筋が通っているようにも見える。もし彼が「真の所有者」なら、返すのが正義ではないのか?
「……返すべきか?」
その一瞬の迷いと、不用意な「善意」の判断が、取り返しのつかない責任を生むとしたら。
※ 登記識別情報通知は、不動産の名義変更時に新たに名義人となる人に通知される書類
⚖️ 結論:目の前の「正しい人」より、預けてくれた「あの人」
法律の世界では、物を預ける契約を「寄託(きたく)」と呼びます。 たとえ相手が「真の所有者」であったとしても、預かった側(受寄者)が独断で書類を渡すことは、法的に許されません。
あなたが守るべきは、「客観的な正義」ではなく、預けてくれた人(寄託者)との「約束」だからです。
改正民法(第660条)には、こうした板挟みの状況からあなたを守るための「3つの鉄則」が記されています。
🔍 受寄者が自分を守るための「3つの鉄則」
第三者から「返せ!」と迫られたら、迷わずこのステップを踏んでください。
① 「訴えられたこと」を遅滞なく通知する(民法660条1項)
第三者が訴訟を起こしたり、差し押さえをしてきたりした場合は、すぐに預け主に知らせる義務があります 。 ただし、預け主がすでにその事実を知っている場合は、わざわざ通知しなくても構いません 。
② 預け主の指図がない限り、預け主に返す(同2項)
たとえ第三者が権利を主張していても、預け主から「あの人に渡して」と言われない限り、預け主に返還すれば足ります。
これにより第三者に損害が出たとしても、ルール通りに預け主に返したあなたは、一切の責任を負いません 。
③ 「裁判所の判断」があった時だけ例外を認める(同2項但書)
唯一、第三者に渡して良いのは、裁判所によって「その第三者に引き渡しなさい」という確定判決等が出された場合です(確定判決と同一の効力を有するものを含む)。
この法的な裏付けがあって初めて、あなたは預け主への返還義務を免れることができます 。
🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点
目の前の「正しそうな人」より、あなたが約束した「たった一人」を
「真実の所有者」を名乗る人が現れると、多くの人が「正しい相手に返さなきゃ」という道徳的なプレッシャーに負けそうになります。しかし、そこが最大の落とし穴です。
- 受寄者の最大の武器は「拒絶」です
安易な判断を下すのではなく、あえて「何もしない(勝手に渡さない)」ことが、法的に最も正しい選択になる場面があるのです。 - 「勝手な親切」は身を滅ぼします
良かれと思って第三者に返してしまうと、あなたは預け主に対して「債務不履行」という重い責任を負うことになります。
反対に、預け主に返す限り、第三者がどんなに不利益を被ろうと、あなたは守られます。
目の前の「正しそうな人」ではなく、あなたが約束した「たった一人」を守り抜くこと。 それが、結果としてあなた自身を守る、唯一の行動になるのです。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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