「子を奪われた」親の叫びが変えた制度
児童一時保護に司法の目が導入された背景と課題

✨ チャイムが鳴ったのは午後4時を少し過ぎた頃だった。
ドアの向こうに立っていたのは、児童相談所の職員だった。
「本日、お子さんを一時保護させていただきます」
その言葉に、私はただ小さくうなずくことしかできなかった。
分かっていた。
夫の暴力を、私は止められなかった。
子どもの前で何度も怒鳴り、叩き、壊す
それを見て見ぬふりをした私には、止める資格すらなかったのかもしれない。
保護は正しい。あの子を、この家から遠ざけることが、あの子の命を守る唯一の手段だと、
私が一番よく知っていた。
けれど
職員に手を引かれ、振り返ったあの子の顔。
その目に浮かんでいた涙と、「ママ……」と小さくつぶやいた声。
あの一瞬が、今も胸に焼きついて離れない。
正しいはずなのに、どうして、こんなにも苦しいのだろう。
🏛 司法審査制度、2025年6月スタート
2025年6月、児童相談所(児相)による「一時保護」に関し、大きな制度改革が施行されました。親の同意がない場合、児相が家庭裁判所に「一時保護状」を請求し、裁判官がその要否を判断する制度が新たに導入されたのです。
これまでの制度では、児相が独自に判断し、保護者の同意なく子どもを一時的に親元から引き離すことができました。これは、児童虐待の迅速な対応には不可欠とされてきた一方で、「子どもを一方的に奪われた」と訴える保護者の声、そしてその背後にある制度の不透明性や濫用への懸念も根強くありました。
🔍 「児相の暴走」──それは単なる印象ではなかった
● 親子の面会制限:「理由なく会えない日々」
- 宇都宮地裁令和3年3月3日判決:児童養護施設に入っていた子と母の面会制限が行政指導の名の下に行われ、違法と認定。親子の再統合を阻害するものであるとし、慰謝料支払いが命じられました。
- 堺市でも、5か月にわたる面会拒否が「不適切」と第三者機関に指摘されました。
親にとって、説明のない面会制限は「子どもを奪われた」と感じるのに十分です。
● 保護施設での人権侵害:10歳女児の身体検査
- 一部施設では、紙片の紛失を理由に10歳未満の女児を裸にして身体検査を行ったとの報道が。明らかな人権侵害であり、教育と監督体制の欠如が問われました。
🧾 新制度:「一時保護状」による裁判所の関与
改正児童福祉法に基づく「一時保護状制度」は以下のような仕組みです。
✅ 原則ルール
- 保護開始前または7日以内に、児相は家庭裁判所へ「一時保護状」を請求。
- 裁判所は、親子の意見・資料をもとに、保護の必要性を審査。
⚠ 緊急保護(例:生命の危険)
- 即時の保護が可能だが、7日以内の審査は必要。
これは、行政判断への司法チェックを制度化した初の枠組みであり、透明性・客観性の向上に寄与するものです。
⚖ “片側的”な仕組みの限界:親の不服申立ては?
残念ながら、現行制度では
保護状の発令に対して、親が異議を申し立てる明文の制度は存在しません。
開始時点での判断に親が関与できる余地はなく、主張の機会は継続審判に入ってからに限定されています。
今後の焦点は、親の手続的権利をどこまで法的に保障できるかに移ると考えられます。
📊 一時保護制度の比較(改正前後)
項目 | 改正前 | 改正後(2025年6月~) |
---|---|---|
一時保護開始の主体 | 児相の判断のみ | 家裁の保護状(原則) |
親の同意なしでの保護 | 可 | 可(ただし家裁の関与が必要) |
司法審査 | 原則なし | 原則あり(保護開始前or7日以内) |
不服申立制度 | 実質なし | 親側からの申立は法定されず(児相のみ可) |
🧠 現場にのしかかる負担──「制度は良くても重たい」
児相現場には、新たに以下の業務が課せられます:
- 一時保護状請求に必要な書類作成(事案整理・意見記録など)
- 裁判所との連絡調整・審問対応
- 証拠収集(診断書・写真・訪問記録)
試行運用のデータでは、1件あたり平均10時間47分という業務負担が報告されました。
人員増だけでなく、専門性の強化と連携体制の構築が不可欠です。
🎯 新制度は「万能薬」ではないが、確かな一歩
新制度により、児相の判断には裁判官のチェックが入るようになり、透明性が一定程度確保されることになりました。とはいえ、
- 親からの不服申立てが法的に保障されていない
- 児相現場の業務負担が激増している(平均10時間47分/件)
- 裁判官と児相、そして弁護士の連携がまだ模索段階
といった課題も多く残されています。
保護されるべきは、「子どもの安全」であって、「親からの隔離」そのものではない。
親子を分断することは、子どもにとっても深いトラウマを残します。
今後は、児相と司法が協働しながら、以下を調和的に実現していく必要があります。
- 👶 子どもの人権
- 👪 親の家族形成権
- 👁 社会の監視と信頼
何より大切なのは、「子どもの最善の利益」という理念を、行政・司法・家族それぞれがどう現実の中で共有し、支え合うかです。形式的な制度改正にとどまらず、運用の現場でどれだけ“人”の目と手が丁寧に働くかが問われています。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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