法改正トピック|2020年民法改正(令和2年4月1日施行)

『納期を守れなかった男 ― 催告のあとに残った静けさ』

「あと三日、待ってもらえませんか。」
片桐は電話の向こうで必死に頭を下げた。
資材の到着が遅れ、納期を一週間過ぎてしまった。
相手は静かな声で言った。
「それなら、文書で正式にお願いします。期日を明確に。」

翌日、メールが届いた。
――『納品期日を〇月〇日までといたします。履行なき場合は契約を解除します。』
それが、催告だった。

三日後。
材料は届かず、機械もまだ動かなかった。
片桐は夜明けの工場で、指先を油にまみれさせながら考えた。
自分のせいじゃない。けれど、間に合わなかった。

昼過ぎ、再び電話が鳴る。
「期限を過ぎましたので、契約は解除します。」
短い言葉が、長年の取引を断ち切った。

工具の音が止まり、工場の中に静けさが広がる。
片桐はただ、機械の影を見つめていた。
――催告の文字は、法律の言葉。けれど、それが人の生活を壊す音を、確かに聞いた気がした。

それでも彼は、翌朝シャッターを開けた。
契約は終わっても、仕事は終わりじゃない。
油の匂いの中で、彼の手は再び動き始めた。

⚖️ 「あの人のせい」でなくても契約は解除される

契約が守られなかったとき(債務不履行)、当事者は契約を解消(解除)できます。この「解除」という制度について、民法改正で最も重要なルールの整理が行われました。それが、「契約解除に、債務者(守れなかった側)の帰責事由(責任)は不要」と明確化された点です。

旧法の伝統的理解との決別

従来の民法の解釈では、「債務者に責任がないにもかかわらず債務不履行が生じた場合」に契約を解除できるかどうかが、学説・実務上の大きな争点でした。

旧民法543条は、履行不能のケースについて「債務者の責めに帰することができない事由によるとき」は解除できないと定めており、
その影響で、催告解除(541条)についても「債務者の帰責事由」が必要であると解されてきたのです。

このため、天災や予期せぬ事故などの不可抗力によって債務を履行できない場合、債権者は契約を解除できないという理解が支配的でした。

しかし、改正民法ではこの制限が撤廃されました。
旧543条の但書が削除され、催告解除についても「債務不履行があれば、原因が債務者の責任によらなくても解除できる」ことが明確にされたのです。

なぜ「責任なし」でも解除できるのか?

契約解除の本質は、契約の「目標達成が困難になった」という事実に対する「リスク処理」です。
債務不履行があった場合、債権者(待つ側)はいつまでも契約に縛られるべきではありません。
債務者側に「天災」など予期せぬ事由があったとしても、契約の目的が達成されない以上、契約の鎖を解くことを認める方が、契約当事者間の公平なリスク分担に適う、という考え方が背景にあります。

🛡️ 債務者を守るための新たな防御ライン

では、責任がないのに契約を解除されてしまう債務者は、改正によって一方的に不利になったのでしょうか?
そうではありません。改正民法は、債務者を保護するための新たな「防御ライン」を明確化しました。

1. 「軽微な不履行」では解除できない(新541条1項但書)

従来の判例法理が明文化されました。
催告期間が過ぎた時点での債務不履行が、契約や取引の社会通念に照らして「軽微」である場合、解除はできません。

主張立証責任

軽微である」ことの主張・証明責任は債務者側にあります。

2. 「債権者の責任」なら解除できない(新543条)

当然の理屈として、債務不履行が債権者(解除したい側)自身の責任によるものである場合は、解除は認められません。

これらの規定により、「契約の目的達成が困難になった」という客観的事実を最優先しつつも、不当な解除を防ぐためのバランスが保たれています。

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

片桐のように、「自分のせいではないのに契約が消える」
この理不尽さをどう受け止めるか。
そこに、改正民法が突きつけた新しい現実があります。

催告解除とは、債務者が期限までに履行できなかったとき、
債権者が「一定の期間を定めて履行を求め」、それでも履行されない場合に契約を解除できる制度です。

旧法時代、学説や実務では「債務者に責任がある場合のみ解除できる」と考えられていましたが、
改正民法はその考え方を退け、
債務不履行があれば、原因が債務者の責任によらなくても解除できると明確にしました。

なぜ、責任がなくても解除できるのか。
それは、契約関係を「信義」や「善意」ではなく、「リスクの分配」として捉え直すという発想にあります。

契約の目的が果たせない以上、債権者はその契約に縛られ続ける理由がない。
誰のせいであれ、目的が失われた瞬間に、契約の生命は静かに終わる。
それが、現代の法が示す冷徹な公平です。

もっとも、法律は債務者を突き放すだけではありません。
不当な解除を防ぐため、
「軽微な不履行では解除できない」(民法541条但書)、
「債権者自身に責任がある場合は解除できない」(民法543条)
という防御線を明文化しました。

法の合理性は、ときに冷たい。
けれどその冷たさは、人が安心して契約を結ぶための基盤でもあります。

私たち弁護士の役割は、その冷たさの中に人の事情を見つけ、
契約の文言と現実のあわいをつなぐことにあります。
そして何より、片桐のような“誠実に働く人”を守るためにも、
不可抗力リスクを契約書で事前に明確に分配し、
「仕方ない」で終わらせない仕組みを整えること。
それこそが、今の時代に求められる予防法務の核心なのです。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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