法改正トピック|2020年民法改正(令和2年4月1日施行)

💼 何気ない「ハンコ」が招いた絶望
「社長、うちの会社がA社に持っている売掛金を、B社に譲渡することになりました。
つきましては、この『債権譲渡の承諾書』にハンコをお願いできますか?」
長年の取引先からの頼み。下請け企業の社長であるあなたは、特に深く考えず「わかりましたよ。」と書類にサインし、ハンコを押しました。
しかし数日後、納品されたシステムは起動すらせず、現場は完全にストップしてしまいます。
あなたは「こんな状態では代金は払えない!契約解除だ!」と抗議しました。
ところが、債権を買い取ったB社からは冷酷な通知が届きます。
「あなたは異議を述べずに承諾書にサインしましたよね?だからシステムが動かなかろうが何だろうが、うちには全額払ってください。」
騙されたような絶望感。現場がストップさせられた上に、見知らぬ会社に数百万円を支払わなければならないのでしょうか?
⚖️ 法律解説:債務者を苦しめた「理不尽なルール」の廃止
結論から言えば、現在の法律では、あなたは「システムが動かないからB社にも払わない。」と主張することができます。
しかし、かつての旧民法では、そうはいきませんでした。
旧民法(468条1項)には、「債務者が異議をとどめないで承諾をした場合、元の債権者に言えた文句(抗弁)は、新しい債権者には言えなくなる」という恐るべきルールがありました。
これを「異議なき承諾による抗弁の切断」と呼びます。
詐欺で結ばれた契約であっても、不良品(契約不適合)であっても、すでに支払い済みであったとしても、「特に文句を言わずに承諾書へサインした」というたったそれだけの理由で、債務者はすべての武器(抗弁事由)を奪われ、支払いを強制されていたのです。
そこで、現在の改正民法では、この「異議なき承諾による抗弁の切断」制度が完全に廃止されました。
今後は、単に承諾書にサインしただけであっても、「システムが契約内容に適合していないため支払いを拒絶する」「すでに時効だ」といった正当な主張(抗弁)を、新しい債権者に対しても堂々とぶつけることができるようになったのです。
🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点
今回の法改正は、債務者(支払う側)にとっては大きな救済です。
しかし、私が実務家として警鐘を鳴らしたいのは、「債権を買い取る側(譲受人)」の経営者に対してです。
法改正により、債権を買い取る側は「後からいきなり『システムが動かないから払わない』と拒絶されるリスク」を常に抱えることになりました。
これまでのように「債務者からハンコをもらったから安心」という甘い認識は、不良債権を抱え込む最短ルートです。
債権譲渡によって資金調達を支援したり、債権を買い取ったりする場合、単なる承諾書では不十分です。債務者に抗弁事由の有無を確認した上で、放棄の意思表示を書面で取り付けることが不可欠です。
「承諾書をもらったから大丈夫」と思った瞬間、あなたのデュー・デリジェンスは終わっています。
📌 まとめ
民法改正により、「サイン一つで武器を失う」という理不尽な罠は消滅しました。
しかしそれは同時に、債権を買い取る側に対して「より厳密なリスク管理」を突きつける結果となっています。後日の紛争を防ぐため、抗弁権の放棄をどこまで具体的に特定して書面化すべきか。それは、専門的な知見が問われる領域です。
契約書は、「ただサインをもらうだけの紙切れ」ではなく、「自社を守るための強固な盾」でなければなりません。不安な場合は、実務が動く前に弁護士へご相談ください。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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