🧩 理事会の攻防、利用料をめぐる妥協点

春の夜、町会館の和室には理事と班長がずらりと座り、重たい議題を前にざわついていた。
「退会した世帯から、ゴミステーションを使わせてほしいと要望が出ています。」
司会役の理事が口を開くと、場の空気が一気に張り詰めた。

「前例がないんだ。会員じゃないなら使わせるべきじゃない。」
年配の理事が声を強めると、賛同のうなずきがいくつか返る。

「しかしだな、ゴミは生活に直結する問題だ。完全に締め出せば、こちらにも角が立つ。」
別の班長が口を開いた。「ただで使わせるわけにはいかんが、利用料を定めればいい。」

「じゃあいくらにする?」
「本来負担してもらう町会費はいくらなんだ?」
「あの家は、成人6人なので、2万6200円になります。
会計担当の理事が答える。

「それなら、2万6200円の支払をもとめれば良い。会員は、皆、決められた金額を支払っているんだ。退会者だけ格安にするのは筋が通らん。」
ベテランの班長が強い口調で言い放つ。

「でも、それじゃ加入を強制しているのと同じじゃないか?」
「退会者は町会の行事や会合には参加しない。そう考えれば、全部込みの26,200円をそのまま課すのも少し違うんじゃないか。」
若い班長たちが反論すると、場がざわついた。

「なら、どうする?」
「ゴミステーションの維持管理費だけを切り出す形にして、少しだけ下げる。24,000円ならどうだ。」

「2,200円だけ負けてやるってことか。」
「そうだ。形式上は町会費と別建てにして、“利用料”として24,000円を総会に諮ればいい。」

強硬派も渋々うなずいた。「まあ、それなら会員との公平も保てるだろう。」

最終的に会長がまとめた。
「退会者の利用を認める場合、利用料は年24,000円。これを総会に提案する。」

こうして、意見の対立を残しながらも、会議はひとまず結論を見た。

※本記事の冒頭ストーリーは、実際の判例をもとにしたフィクションです。
実在の人物・団体を直接描写するものではなく、当事者の心情に想像を交えて構成しています。

❓ 町内会と住民の対立を巡る裁判所の判断

「町内会をやめたらゴミ出しができなくなった」という話を耳にしたことはありませんか?
任意加入のはずの町内会や自治会と、そこに属さない住民との間で、ゴミステーションの使用をめぐるトラブルは全国で繰り返されています。

今回ご紹介するのは、この問題に真正面から答えた 令和7年4月16日の福井地裁の判決 です。


📘 事案の概要

  • 原告:福井市の住民。町内会を退会した。
  • 被告:町内会。区域内に3か所、合計4個のゴミステーションを設置・管理。

退会後もゴミを出したい原告は、
「使用料は世帯ごとに負担を割れば年270円が妥当。町内会費と同額を課すのは不当だ」と主張。
さらに、利用を拒まれたことへの慰謝料90万円も求めました。

一方、町内会は、
「退会者の使用料は年2万4,000円。管理費や清掃活動、会員の無償奉仕も含めれば妥当な金額だ」と反論しました。


🔍 裁判所の判断

1. ゴミステーションの公共性

福井市では個人が勝手に設置できず、町内会の施設を通じて収集が行われている。
「町内会の所有物にとどまらず、自治体のゴミ収集義務を担う公的施設」 と評価。

2. 使用料の相当額

  • 町内会費と同額の使用料を課すと「実質的な加入強制」となり、任意加入の原則に反する。
  • ただし、維持管理には実費がかかるため「無償で使用できるわけではない」。

裁判所は次のように整理しました。

  • 含めるべき費用:管理人報酬、防犯灯の電気代、防災活動、清掃活動の実費など
  • 含めない費用:新年会・忘年会の飲食代、調停費用、ボランティアの労務の「賃金換算」

こうして算定された相当額は、 年1万5,000円
原告はこの金額を支払うことを条件に、ゴミステーションを使えると認められました。

3. 慰謝料について

町内会が使用料を決めるまで一定の検討期間を要したことは「やむを得ない」とされ、不法行為や債務不履行は成立せず、慰謝料請求は棄却となりました。


💡 私道通行に関する最高裁判例との比較

参考になるのが、平成9年12月18日の最高裁判決(私道通行妨害排除請求事件)です。
ここでは、生活に不可欠な私道の通行を「人格権」として保護し、所有者に受忍義務を課しました。

今回のゴミステーション判決も「公共性」を認めた点では似ていますが、無償利用は認めず、合理的な費用負担を求めた点で異なります。
これは、道路通行には費用が発生しない一方、ゴミ処理には明確な維持管理費がかかることによる違いです。


✍️ まとめ ― 地域と個人のバランス

この判決は、「町内会をやめてもゴミ出しはできる」という住民の権利を認めつつ、その裏側にある「地域インフラ維持への相応な費用負担」も明確に求めました。 これは、地域社会の基盤と個人の自由をどう両立させるか、という現代的な課題に、一つのバランスの取れた指針を示したものと言えるでしょう。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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