弁論準備手続きとは

通常の法廷で裁判をしていると、裁判官から、「次回から、弁論準備手続で良いですか。」
と質問されることがよくあります。
――そう聞くと、多くの方は「非公開の手続きだから、もう傍聴はできない。」とお考えになるでしょう。

けれど実は、弁論準備手続でも、当事者が望めば原則として傍聴は可能です。
これは意外に知られていません。

🔹 弁論準備手続の開始(民事訴訟法168条)

(弁論準備手続の開始)
第百六十八条 裁判所は、争点及び証拠の整理を行うため必要があると認めるときは、当事者の意見を聴いて、事件を弁論準備手続に付することができる。

会議室で進む「裁判の舞台裏」

テレビドラマで描かれるような法廷は、実は裁判全体のごく一部。
現実の民事裁判では、争点整理の大半が、弁論準備手続期日として、会議室で進みます。

ここは、法廷よりもずっと小さな部屋。
5人掛けのテーブルの上座に裁判官が座り、当事者が相対して座ります。
弁論準備手続きでは、お互いの主張や証拠を整理していきます。
裁判官の「心証(しんしょう)」――つまり事件への印象や方向性――が
ここで形作られることも多く、実は最も重要な時間と言っても過言ではありません。

民事訴訟法169条2項但し書は、

「当事者が申し出た者については、手続を行うのに支障を生ずるおそれがあると認める場合を除き、その傍聴を許さなければならない。」

と定めています。
つまり、家族や親族が「心配だから見守りたい」と申し出れば、原則として傍聴が認められるのです。

🔹 弁論準備手続の傍聴の許可(民事訴訟法169条2項)

(弁論準備手続の期日)
第百六十九条 弁論準備手続は、当事者双方が立ち会うことができる期日において行う。
2 裁判所は、相当と認める者の傍聴を許すことができる。ただし、当事者が申し出た者については、手続を行うのに支障を生ずるおそれがあると認める場合を除き、その傍聴を許さなければならない。

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

「支え」としての傍聴、「圧力」としての傍聴

私はこれまで、多くの弁論準備手続に立ち会ってきました。
その中で、傍聴のあり方について考えさせられる場面がいくつもありました。

あるとき、依頼者が個人で、相手方が大企業という消費者事件がありました。
次の期日、相手方企業から「関係者も傍聴したい」との申出があり、
当日、会議室にはスーツ姿の社員が5〜6人。
依頼者の目の前で彼らが並ぶ様子は、形式上は“傍聴”でも、心理的には“圧力”でした。

私は「手続に支障を生じるおそれがある」と主張しましたが、
裁判所は「単なる傍聴であって、議論に介入するわけではない」として、
傍聴を認めました。

そのとき感じたのは、法の中立と、当事者の心情との間にある距離でした。
法的には正しくても、現場では人の心が揺れる。
それをどう支えるかが、弁護士の仕事だと痛感しました。


それでも「見守ってくれる人」がいる安心感

一方で、別の事件では、被告の父親が体調を崩しながらも「息子の裁判を見届けたい」と申し出てきました。
当事者が希望したため、傍聴が認められました。
その日、依頼者は普段よりも落ち着いて話し、
裁判官も柔らかな口調で質問してくれたのが印象的でした。

弁論準備手続は形式上「非公開」ですが、
そこに“見守る眼差し”があるだけで、空気が変わる――
そう実感した瞬間でした。


弁論準備手続は「心証の場」であり、「依頼者の正念場」でもある

多くの人が想像する裁判は「公開の法廷」ですが、
実務の核心は、裁判官と当事者の距離が極めて近いこの弁論準備手続室という「舞台裏」にあります。
こここそが、裁判官の「心証(しんしょう)」が形作られる最も重要な場なのです。

この非公開の場に、当事者が望む「傍聴」を原則として認めるという民事訴訟法のルールは、単なる手続きの規定ではありません。
それは、裁判の透明性を確保し、同時に依頼者の心理的な孤立を防ぐという、法の人間的な配慮に他なりません。

👉 しかし、この制度は常に両刃の剣となります。

依頼者のご家族にとっては「支え」となる一方、
相手方が多人数で同席を求めれば、
それは「心理的な圧力」として機能し、依頼者の真意を述べる妨げとなるおそれがある。
私の経験からも、法的な正しさと現場の心情には、常に距離があると痛感させられます。

私たち弁護士の責務は、この制度の裏表を理解し、「手続に支障が生ずるおそれ」という条文の但し書きを、依頼者の人権と心の平穏を守る盾として機能させることです。

弁論準備手続は、決して「非公開だから自由な場」ではありません。
それは、裁判官の心証が形成される、依頼者にとっての正念場であり、
同時に「法の枠の中で、人の支え合いが許される最も人間的な場面」なのです。
この二つの側面を理解することこそが、民事訴訟を戦い抜くための、最初の一歩となります。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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