令和7年4月22日東京地方裁判所民事第11部/令和4年(ワ)18366号 損害賠償等請求事件

🌙 「青空の下で、息をする」
滑走路の端に立つとき、風はいつも少し冷たかった。
出発を告げるアナウンスが機内に流れ、背筋を伸ばす。
この瞬間だけは、どんな疲れも、どんな不満も忘れていた。
でも、いつからだろう。
笑顔を作るたびに、胸の奥でひとつ息が詰まるようになったのは。
――「降りても、休んでいい時間なんてないんです。」
同期の声が耳に残っている。
フライトとフライトのあいだ、私たちはターミナルを駆け抜ける。
清掃、チェック、報告、点呼。
ほんの数分の静けさの中でも、インターホンが鳴れば走り出す。
「クルーレスト」――その言葉の響きが、かえって苦しかった。
カーテンの向こう側で、眠りに落ちかけた瞬間、乗客の声が聞こえる。
「すみません、このボタン、どうすれば?」
身体が、反射的に動いてしまう。
「私はまだ、休めていない。」
そう呟いたとき、
窓の外に広がる青空が、妙に遠く感じられた。
判決が出た日、ニュースでその文字を見つけた。
――「休憩時間は労働者の権利」
その言葉に、胸の奥が静かに波打った。
涙が出るほど嬉しかったわけではない。
けれど、誰かが見てくれていた、という感覚があった。
私たちの声にならなかった“ため息”が、ようやく届いたのだと。
いつか本当に、「安心して息を吐ける時間」が、
この青空の下に、当たり前のようにある日が来るだろうか。
そう思いながら、今日も制服の襟を正した。心に、小さな空を抱きながら。
📌 本記事の冒頭ストーリーは、実際の判例を参考に再構成したフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
✈️ 「休憩」とは何か――航空会社判決が教える働き方の本質
「休む」という当たり前の権利が、実は守られていなかった——。
2025年4月22日、東京地方裁判所が下した判決(いわゆるジェットスター・ジャパン事件)は、労働基準法の原則に立ち返り、企業の労務管理に大きな警鐘を鳴らしました。
客室乗務員たちが争ったのは、「休憩時間の不在」です。長時間フライトの合間に与えられるわずかな「便間時間」や、機内でカーテン越しに過ごす「クルーレスト」が果たして「休憩」と呼べるのか。
裁判所は、この問いに正面から答え、「休憩とは何か」を改めて明確にしました。
⚖️ 事件の背景:CAたちの訴え
原告は、ジェットスター・ジャパンに勤務する現職および元客室乗務員たち。
彼らは次のように主張しました。
- 労基法34条が定める休憩時間(6時間超=45分、8時間超=1時間)が与えられていない
 - 精神的・肉体的に極度の緊張を強いられ、健康を害した
 - 違法な勤務命令は人格権侵害にあたり、将来の勤務差止めが必要
 
請求内容は、
- 慰謝料・弁護士費用(各55万円)
 - 違法な勤務の差止め
という二本立てでした。 
🏢 会社側の反論:「特例の適用」を主張
被告会社は、航空運送業務の特殊性を前面に出して反論しました。
- 天候・遅延・目的地変更など不測の事態が常態的に想定される
 - 代替要員の配置も難しく、時間を指定した休憩の付与は不可能
 - 代替措置として、
- 到着から次便出発までの便間時間
 - 運航中に割り当てられるクルーレスト
を組み合わせれば、実質的に労基法の休憩に相当すると主張 
 
つまり、「形式的な休憩はなくても、実質的には確保されている」という立場でした。
👩✈️ 原告側の反論:「緊張から解放されない時間は休憩ではない」
これに対して原告側は、鋭く切り込みます。
- 便間時間は、清掃やセキュリティチェック、次便準備で埋め尽くされている
 - クルーレストも、乗客からの要望やトラブル対応、インターホンへの応答を迫られ、事実上「待機時間」に過ぎない
 - したがって、いずれも労基法34条の「自由利用可能な休憩時間」には該当しない
 
さらに、違法な勤務命令は労働者の人格権を侵害する重大な違法行為であり、単なる法令違反に留まらないと強調しました。
🏛️ 裁判所の判断:休憩の定義を徹底検証
東京地裁は、原告らの主張を大筋で認めました。
① 「長距離継続乗務」の特例は不適用
労基法施行規則32条1項が定める「長距離にわたり継続して乗務する場合」には該当しない。国内線や短距離フライトの組み合わせでは、6時間以上継続する乗務は存在しないためです。
② 「業務の性質上」特例の範囲を限定
航空運送業務の特殊性を一定程度考慮しつつも、「その他の時間」=完全な解放時間でなければならないと厳格に解釈。
- 便間時間のうち、セキュリティチェック等を除いた「業務外便間時間」はごくわずかで、大半が法定休憩時間に届かない。
 - クルーレストは、乗客対応や安全責任が継続しており、緊張から解放されていない。従って「休憩」とは認められない。
 
③ 労基法34条違反と安全配慮義務違反
結果として、被告は原告らに複数回、休憩を与えない勤務を命じた。
これは労働者の心身の健康を守る安全配慮義務違反にあたり、損害賠償責任を負うと判断されました。
④ 損害賠償と差止め
- 慰謝料:各10万円
 - 弁護士費用:各1万円
 - 差止め命令:将来にわたり「6時間超=45分、8時間超=1時間」の休憩を付与しない勤務を命じてはならない
 
💡 判決が示した3つの意義
- 「手待ち時間」は休憩ではない
指揮監督下にある限り、緊張や業務対応を強いられる時間は「休憩」とは言えない。 - 休憩は人格権と直結する
労働基準法違反に留まらず、人格権侵害として違法性を強調。労働者の健康維持は基本的人権の一部であると明言。 - 差止めという実効的救済
将来の勤務形態改善を強制する差止め命令は、違法な労務慣行の是正を促す強力な手段となった。 
🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点
― 【経営層への警告】「休憩は人格権」― 労基法違反は「人権侵害」という重い烙印
この東京地裁の判決は、単なる「休憩時間を与えたかどうか」という労務管理上のミスではありません。
「人が人として働くために、どれだけ緊張から解放されるべきか」という、労働法の根幹に触れる、企業の尊厳とリスクを問うものです。
特に、航空運送という特殊な業務環境にある企業が、「休憩」の定義を都合よく解釈し、労働者の権利を侵害し続けたことに対し、司法は以下の三つの厳格なメッセージを発しました。
🚨 判決が示した3つの決定的な意義と法的警告
1. 「待機時間」は休憩ではないという絶対的線引き
裁判所は、便間時間やクルーレストといった「手待ち時間」を休憩として認めませんでした。
休憩とは、使用者からの指揮命令から完全に解放され、何をするのも自由である時間を指します。
乗客対応や安全責任が継続し、インターホンの音に反応しなければならない時間は、精神的な緊張が維持されており、それは労働時間であるという、法的な定義の厳格さを再確認させました。
2. 労基法違反は「人格権侵害」という重い烙印
この判決の最も重要な点は、単なる労働基準法34条違反に留まらず、「休憩を与えないことは、労働者の健康維持という人格権を侵害する重大な違法行為である」と認定したことです。
休憩は、効率を高めるための手段ではなく、人間が尊厳をもって働くための基本的人権の一部であるという、極めて強いメッセージを企業に突きつけました。
これにより、単なる行政指導や罰則に留まらない、慰謝料という民事上の損害賠償リスクが明確になりました。
3. 「差止め命令」という司法による強制的な是正
将来にわたり、違法な勤務体系を命じることを禁じた「差止め命令」は、この判決の最大の武器です。
これは、過去の違反の清算だけでなく、今後の労務慣行の改善を司法の権威をもって強制することを意味します。
違法な慣行を続けている企業にとっては、ビジネスモデルの根幹に関わる実効的な救済措置となり、そのリスクは計り知れません。
🚨 現場の「本音」に耳を澄ませ
企業に求められているのは、形式的な帳尻合わせではありません。
この判決は、現場で働く客室乗務員の「本当に休めていない」という心身の“ため息”を、法廷が受け止めた結果です。
どんなに業務が特殊であっても、どんなにフライトスケジュールがタイトであっても、「命を支える時間」としての休憩を確保する責任は、企業が負うべきコストです。
私たち法律家は、この判決を「懲罰」としてではなく、「持続可能な経営と安全を守るための、最高のルール」として受け止めるよう、経営者に強く進言します。
あなたの職場には、本当に安心して息を吐ける「余白」が残っていますか?☕️
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月   弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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