新ルール「協議合意による時効完成猶予」とは

❓ 迫る期限と揺れる心
「先生、ちょっとご相談があるんですが――」
午後の応接室。緊張した面持ちの男性が、かばんから書類を取り出した。
「実は、お金を貸した相手とずっと話し合いを続けているんです。でも、最近になって“時効が近づいている”と耳にしまして……」
言葉を切るたびに、彼の声はかすかに震えていた。
――裁判なんて、大げさなことはできれば避けたい。
できることなら話し合いで丸く収めたい。
けれど、このまま黙っていたら借金を踏み倒されてしまうのではないか。
心の中で不安とため息が交錯していた。
「もし裁判を起こさなければ、権利を失ってしまうんでしょうか?」
真剣な眼差しでこちらを見つめる。
私は静かにうなずいた。
「これまでは、まさにそのとおりでした。話し合いの途中であっても、時効が迫れば裁判を提起しなければならない――それが実務だったのです。」
相談者の肩がわずかに落ちる。
――やはり、そうなのか。話し合いだけでは守れないのか。
机の上に置かれた書類は、長い交渉の積み重ねと、彼の迷いを静かに物語っていた。
📘 改正民法でできた新しい選択肢
そんな不便を解消するため、2020年の改正民法で 「協議を行う旨の合意による時効の完成猶予」 という制度が新設されました。
要するに、
- 債権者と債務者が「話し合いを続けます」と 書面で合意 すれば、
- 最大1年間は時効が止まる(完成猶予される)、
という仕組みです。
さらに、再度の合意を重ねれば最長5年まで延ばすこともできます。
🔍 注意しなければならない点
ただし、この制度にはハードルもあります。
- 書面での合意が必須(口約束はNG)
- 債務者の協力が必要(応じる人は少ない)
- 一方から「協議打ち切り」と通知されれば6か月後に時効完成
そのため、実際には 「合意書を作るのは難しいケースが多い」 と考えられています。
💡 実務的にはどうすればいい?
債権者としては、この新制度を期待しすぎないことが大切です。
実務では、これまでどおりの方法と 並行して動く のが安心です。
- 「催告」=内容証明郵便で6か月猶予
- 訴訟を起こして「時効更新」
🧭 「猶予」と「更新」の違い
- 猶予:ゴールを一時的に先送りするだけ
- 更新:ゴール位置をリセットして再カウント
👉 「猶予=時間稼ぎ、更新=仕切り直し」と理解するとわかりやすいです。
✍️ まとめ
- 改正民法で「協議合意による時効完成猶予」が新設
- 話し合いをしながらも時効完成を一時的に防げる
- 書面合意と債務者の協力が必須
- 実務では催告・訴訟との併用が安心
👉 「話し合いを続けたいが時効が心配」という方には朗報だが、万能ではない。
大切なのは 「動けるうちに手を打つこと」。
早めに専門家に相談することが、権利を守る一番の近道です。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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