令和7年5月27日広島地方裁判所民事第1部/令和5年(ワ)545号 損害賠償請求事件

🎒 「限界の先にある教室」

夏休みの間、彼への指導は続いた。
反省文も書き、言葉も少しずつ穏やかになっていた。
「2学期には戻れそうだな」――私はそう信じていた。

だが、新学期。
再び暴言が教室に響いた。
「くそが」「しね」――担任の声が震えていた。

現場は限界だった。
ほかの生徒も怯え、授業が止まる。
私は母親を呼び出し、深呼吸をして言った。

「これ以上は、学校では指導できません。……明日からは、来させないでください。」

母親は静かに頷いたあと、「いい挫折かもしれませんね」と呟いた。
その言葉が、心に刺さった。

数日後、転学届が届く。
机の上には、彼が夏に書いた反省文が残っていた。

“先生、ありがとう。次はちゃんとやります。”

私はしばらく、その幼い字を見つめていた。
――教育とは、どこまで抱え、どこで手を離すのか。

📌 本記事の冒頭ストーリーは、実際の判例を参考に再構成したフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありま


🏫 事案の概要:ある日突然の「登校拒否」通告

今回ご紹介するのは、広島地方裁判所で令和7年5月27日に判決が下された、高校生の登校拒否通告と国家賠償請求に関する事件です。

👤 登場人物と経緯

  • 原告:広島市立A高校に在籍していた生徒
  • 被告:広島市

出来事の発端は、校長が生徒の母親に対し、

「明日から原告を学校に来させないでほしい」
と告げたこと(以下「本件告知」といいます)でした。

校長は、この告知が退学処分や停学処分ではないと説明していました。

💬 原告の主張

原告は、本件告知が適正な手続きを経ない違法な退学処分または無期限の停学処分に当たると主張しました。
このため、転学を余儀なくされ精神的苦痛を受けたとして、国家賠償法に基づき転学費用や慰謝料など合計約230万円の損害賠償を請求しました。

背景として、原告は2年生に進級後、遅刻や教員・他の生徒への暴言などの問題行動が増加していました。
2か月間の「特別な指導」(学校反省指導)を受けて一度は教室に復帰しましたが、その後も再び問題行動を繰り返していた経緯がありました。


🧐 裁判所の判断:告知は 「違法」 だが、転学費用は認めず

広島地裁は、原告の請求を一部認め、一部棄却する判断を下しました。

項目裁判所の判断
本件告知(「明日から学校に来るな」)の違法性違法(国家賠償法上の違法行為と認定)
転学に要した費用認めず(請求棄却)
慰謝料20万円を認容
結論被告(広島市)は原告に対し、20万円の慰謝料と遅延損害金を支払うよう命じた。

⚖️ 「明日から学校に来るな」はなぜ違法とされたのか

裁判所は、本件告知が正式な「退学処分」や「停学処分」ではなく、学校の内規に基づく「家庭反省指導」に当たると認定しました。
しかし、その手続の不備実質的な強制力**が問題視されました。

❌ 適正な手続の欠如

家庭反省指導は、生徒の**「教育を受ける機会」**を制限する措置であるため、次のような適正手続きが求められます。

  • 指導の趣旨、期間、復帰の道筋などを生徒・保護者に説明し、理解を得ること。
  • 強制的な停学や自主退学の勧告と受け止められないよう、十分な配慮を行うこと。

🚫 「事実上の無期停学」と判断された理由

校長は次のような対応を行っていました。

  • 具体的な反省期間や復帰条件を説明していなかったこと。
  • 「指導は難しい」「マンツーマンで見てくれる高校がある」などの発言により、原告と母親に「転学を検討せざるを得ない」と受け止めさせたこと。
  • その後の学校対応(転学書類の交付など)も、転学を促すものと評価されたこと。

その結果、裁判所は次のように判断しました。

「本件告知は、保護者の理解を得て反省の機会を設けるという家庭反省指導の趣旨を逸脱し、事実上の無期停学状態にした上で自主退学を促すことに主眼を置いたものである。」

これは教育指導上の裁量権の逸脱・濫用に当たり、国家賠償法上の違法行為と認められました。


💸 損害賠償:転学費用はなぜ認められなかったのか

違法性が認定されたにもかかわらず、転学費用(約30万円)は棄却されました。

裁判所の判断

  • 本件告知によって「被告高校に通い続ける道が完全に閉ざされた」とまではいえないと判断されました。
  • 校長は「退学処分ではない」と明言しており、学校には原告が登校を再開できる体制が残されていました。
  • したがって、違法な告知と転学との因果関係は認められないとされました。

一方で、不適切な手続きにより生徒が不安定な立場に置かれ、短期間で重大な決断を迫られたことによる精神的苦痛については、慰謝料が認められました。
最終的に、20万円の慰謝料と遅延損害金の支払いが命じられました。


💡 この判決が示す教育現場への教訓

この判決は、教育現場で行われる「特別な指導」や「家庭反省指導」が懲戒処分でないとしても、慎重な手続きと説明責任が不可欠であることを明確に示しています。

✅ 指導の適正な手続き

  • 生徒の「教育を受ける権利」を制限する場合は、目的・期間・復帰条件を明確にする必要があります。
  • 生徒や保護者への十分な説明を行い、理解を得る努力が求められます。

⚠️ 実質的な強制の回避

  • 「自主退学」を促すような登校拒否措置は、懲戒と同様の効果をもたらし、違法性を問われる可能性があります。

学校は、生徒の行動に応じた適切な指導を尽くすとともに、手続きの適正・説明責任・人権への配慮を欠かさない姿勢が重要です。

本件は、教育現場における校長の裁量権の限界と、生徒の権利保障という二つの観点から、教育行政の在り方を問う重要な事例といえるでしょう。

本件は、教育現場における校長の裁量権の限界と、生徒の権利保障という二つの観点から、教育行政の在り方を問う重要な事例といえるでしょう。


🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

本件は、教育現場の疲弊と、生徒の「教育を受ける権利」の保障という、二つの重いテーマがぶつかり合った事例です。

校長が問題行動を抱える生徒の指導に限界を感じ、苦渋の決断をしたことは想像に難くありません。
しかし、裁判所が示したように、指導の限界をもって生徒の登校を実質的に拒否する措置は、その目的が善意であったとしても、適正な手続きを踏まなければ「違法」という評価を免れません。

重要なのは、「退学処分ではない」という言葉の表面ではなく、措置が生徒の権利に与える実質的な影響です。
生徒の人権に深く関わる決定においては、十分な説明と傾聴のプロセスを欠かしてはならないという、教育行政への強い警鐘だと受け止めるべきでしょう。

私たちは、生徒指導の「法的な線引き」を明確にすることで、結果として学校現場を不当なリスクから守り、真に生徒と向き合える環境を整えることに貢献できると信じています。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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