令和7年6月18日福岡高裁宮崎支部/令7年(ネ)21号 不当利得返還等本訴請求、同反訴請求控訴事件

🚨 返礼品に潜む罠
冷蔵庫から取り出した鶏肉の箱を見つめ、若い市職員は眉をひそめた。
「宮崎県産」と大きく記されたラベル。だが、入荷伝票の片隅には小さく「外国産混合」との記載があった。
――なぜだ?
疑念が胸をざわつかせる。ふるさと納税の返礼品は、市の看板でもある。産地を偽ることは、市の信用そのものを揺るがす行為だ。
上司の机に箱と伝票を並べると、室内に緊張が走った。
「もしこれが本当なら、契約違反どころか、市全体の信頼問題になります。」
彼は声を低く抑えながらも、言葉に力を込めた。
上層部の視線が交わり合う。
「寄附者にはすでに返礼品が届いている……だが、消費済みかどうかは問題ではない。自治体としての信用失墜こそが最大の損害だ。」
静まり返った会議室で、重々しい結論が下された。
「業者には責任を問う。不当利得の返還と違約金請求だ。」
若い職員は、深く息をついた。
小さな違和感を見逃さなかった自分の目が、これから大きな闘いの引き金になる。
――自治体の名誉を守るために。
📌 本記事の冒頭ストーリーは、実際の判例を参考に再構成したフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
📘 事件の概要
今回取り上げるのは、宮崎県都城市の「ふるさと納税」事業に関する裁判です。
都城市は、食肉販売業者と業務委託契約を結び、寄附者に返礼品(地場産の鶏肉)を配送する業務を任せていました。ところが、その業者は実際には ブラジル産やタイ産の鶏肉を“宮崎県産”として配送していた のです。
市は「産地偽装は契約違反だ」として契約を解除し、業者に対して以下を請求しました。
- 支払済みの委託料約1億4,800万円の返還(控除済み分を差し引き、約8,400万円)
- 「さとふる」に支払った配送費用3,600万円
- 違約金(委託料の10%=約1,480万円)
一方で業者は反訴し、未払委託料361万円や「誤って払った6,000万円の返還」を求めました。
⚖️ 一審(宮崎地裁)の判断
一審は市の請求を全面的に認め、業者の反訴は棄却されました。
ポイントは次のとおりです。
- 返礼品が「地場産品」であることは契約の根幹に関わる要素
- 偽装品を送った以上、契約を履行したとはいえない
- よって、受け取った委託料は 全額が不当利得 にあたり返還義務がある
⚖️ 控訴審(福岡高裁宮崎支部)の判断
控訴審でも結論は変わらず。市の請求を認め、業者の反訴は退けられました。
特に注目すべきは、業者側の主張に対する裁判所の姿勢です。
- 業者の主張①
「返礼品はあくまで寄附への“お礼”だから、市に損害はない」
→ 裁判所は「偽装品を送っておいて損害がないとはいえない」と一蹴。 - 業者の主張②
「契約解除なら違約金だけ払えば足りる。委託料全額返還は重すぎる」
→ 裁判所は「地場産品であること自体が契約の根幹。偽装品を送った時点で契約目的は達成できない」と判断。 - 業者の主張③
「寄附者が返礼品を食べてしまった以上、市は元に戻せないのだから、全額返還はおかしい」
→ 裁判所は「消費されても、市に利得が残っているとはいえない」と退けました。
🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点
「地元愛」を裏切った代償。返礼品の「産地偽装」に全額返還を命じた司法の鉄槌
この判決は、単なる自治体と業者間の契約トラブルではありません。
これは、「ふるさと納税」という制度の根幹にある「信頼」と「公共性」を裏切った業者に対する、司法の明確な断罪です。
ふるさと納税は、「地域を応援したい」「地場産の品を味わいたい」という寄附者の純粋な思いの上に成り立っています。
この思いを具体的な形にするための委託契約において、「地場産品であること」は契約の根幹であり、単なるオプションや装飾ではありません。
業者がブラジル産やタイ産を「宮崎県産」と偽った行為は、都城市のブランドと、寄附者の信頼という公共的な利益を著しく毀損しました。
「不当利得返還」の厳しさ
裁判所が、業者が受け取った委託料約1億4,800万円の「全額返還」を命じたことに、この判決の厳しさがあります。
業者は、「返礼品は寄附のお礼にすぎない」「消費されてしまったのだから返還義務は重すぎる」と反論しました。しかし、裁判所はこれを一蹴しました。
- 返礼品が消費されても、市には「地場産品であることによる信頼回復」という目的が達成されず、利得が残っているとは言えない。
- 地場産品であるという根幹が崩れた以上、契約は履行されていない。
これは、業者側が受け取った金銭のすべてが、原因のない不当な利得であるという、法的に極めて重い判断です。
「違約金だけ払えば良いだろう」という安易な考えは、法の前では一切通用しないことを示しました。
信頼こそが「地方創生」の礎である
この判決は、全国の自治体と、ふるさと納税事業に関わるすべての業者に対する、最も強い警告です。
信頼の裏切りは、契約の破綻以上の損害をもたらします。
自治体側は、今回の判決を教訓に、返礼品の「産地・品質管理体制」の整備と監督責任を徹底的に強化しなければなりません。
また、事業者側も、「目先の利益」のために「地元の信頼」を犠牲にすれば、今回の事例のように、事業の継続自体が吹き飛ぶという最大のリスクを負うことを肝に銘じるべきです。
ふるさと納税制度の健全性は、法が裏付け、そして現場の倫理が守り続けることでしか維持できません。
その重要な一歩を、この判決が力強く踏み出しました。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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