――札幌高裁、電柱衝突の自損事故を「故意」と認定

🚨 支払えないと言われた日
「今回の事故ですが……保険金はお支払いできません。」
保険会社の担当者からかかってきた電話の言葉に、私は耳を疑った。
「どういうことですか? ちゃんと保険料を払ってきたんです。事故だって、携帯を取ろうとしてハンドル操作を誤っただけで……」
必死に言葉をつなげる。
しかし担当者は、淡々と説明を続けた。
「今回のケースは自損事故で、当社の調査の結果、事故の状況から“故意”もしくは“重過失”のある事案で保険適用の対象外評価されまして……」
「故意? わざと電柱にぶつかったって言うんですか?」
思わず声が荒くなった。
「命がけでそんなことするわけないでしょう!」
担当者は、決まり文句のように答えた。
「規約上、私どもとしては支払いを認められない、という判断です。」
その一言で、胸の奥が冷たく沈んだ。
保険に入っていれば安心だと信じてきた。
事故のショックに加えて、今度は補償もない。
――これから修理費も治療費も、すべて自分で背負えというのか。
帰り道、凍える風に当たりながら、頭の中で何度も同じ言葉がぐるぐる回った。
「支払えません」「対象外」「故意・重過失」――。
家に戻ると、机の上に置いた契約書を何度も読み返した。だが、難しい条文は理解できない。
やがてスマホの画面に「弁護士 自動車保険 支払い拒否」と検索した文字が浮かぶ。
――相談すべきか。
一瞬ためらいがよぎる。費用は? もし無駄だったら?
けれど、このまま黙っていれば、納得できないまま泣き寝入りになる。
深く息を吐き、画面を見つめながら心を固めた。
「もう一度、きちんと話を聞いてもらおう。今度は弁護士に。」
そう呟いたとき、わずかだが胸の奥に小さな光が差したように感じられた。
本記事の冒頭ストーリーは、実際の判例を参考に再構成したフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
📘 事件の概要
自動車保険に加入しているのに、事故後に保険金が支払われない――。そんな相談は、実務でも少なくありません。今回取り上げる札幌高裁の判決は、「自損事故」が本当に偶然のものか、それとも「わざと」なのかをめぐって争われたケースです。
契約者(控訴人)は、自車を運転中に電柱へ衝突。
- 人身傷害保険金(約35万円)と車両保険金(150万円)の計185万円余を請求。
- 保険会社は「事故は故意によるものであり、偶然外来の事故に当たらない」として支払いを拒否。
- 一審(札幌地裁)は保険会社の主張を認め、請求棄却。控訴審でも同じ結論となりました。
🔍 裁判所の判断ポイント
高裁は、次のような事情を重視しました。
- 事故日が車検満了の前日
にもかかわらず、車検手続が一切されていなかった。不自然。 - 事故状況の説明が不合理
「助手席に落ちた携帯を取ろうとした」と供述。しかし、縁石に接触しても直ちに回避行動をとっていない点が不自然。 - 使用状況の虚偽説明
「毎日通勤で使っていた」と調査員に説明したが、実際は別の車を利用していた。 - 過去の保険請求を“忘れていた”
過去に3回保険金を受け取っていたにもかかわらず、調査時に申告せず。「失念」との主張は不自然。
これらの点を総合すると、「故意に事故を発生させた」と推認できると判断。
結果、人身傷害保険については「偶然外来の事故」に当たらず、車両保険についても「故意による事故」として免責事由に該当するとされました。
🧩 「保険会社側の立証」の難しさ
今回の判決は保険会社が勝訴しましたが、実務上、保険会社にとって「故意の事故」を立証するのは極めて難しいと言われます。
- 交通事故の大半は「偶然」に見えるため、わざとであることを直接証明するのは困難。
- そのため、事故の状況説明の矛盾、過去の請求歴、車検や経済的事情などを「総合評価」して、間接的に立証するしかありません。
仮に一部に不自然さがあっても、「単なる不注意かもしれない」と解釈されれば、契約者有利に働くことも少なくありません。
今回の札幌高裁判決は、複数の不自然な事情を積み重ねて「故意」と推認した点で、保険会社側の立証の難しさをどう克服するかを示す好例だといえます。
⚖️ 「契約者保護」とのバランス
一方で、過度に「不自然さ」を理由に保険金を否定してしまうと、誠実な契約者まで救われなくなるリスクがあります。
例えば、車検切れが近い時期の事故や、過去に複数回保険を使った人の事故が、すべて「不自然」とされれば、正直な契約者が不当に疑われる可能性も。
裁判所は、その点に配慮して「単なる不自然さ=故意」とはせず、複数の事情を重ね合わせて総合判断するアプローチを採用しています。
つまり、この判決は「契約者保護」と「保険会社の不正防止」の間で、裁判所がどのようにバランスをとっているかを示す実例でもあるのです。
💡 実務への示唆
- 保険金請求の際、事故状況や過去の保険利用歴について虚偽や曖昧な説明をすると、信用を失い不利になる。
- 裁判所は「事故の不自然さ」「説明の変遷」「周辺事情(車検や過去の請求歴)」を総合評価し、故意を推認する。
- 「偶然外来の事故」であることの立証責任は基本的に請求者側にある。
✍️ まとめ
札幌高裁は、電柱に衝突した自損事故について「故意によるもの」と認定し、保険会社の免責を認めました。
👉 保険金請求にあたっては、事実を正確に伝えること、過去の事故歴も正直に申告することが何より大切です。
👉 また、裁判所は「不自然さ」だけでなく、複数の要素を組み合わせて故意かどうかを判断します。
今回の判決は、契約者保護と不正防止のバランスをどうとるかという点で、今後の保険実務に大きな示唆を与えるものといえるでしょう。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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