――景表法措置命令「初の取り消し判決」が意味するもの

「糖質45%カット」のはずが…?

「これで俺も、夏までにスリムになれる!」
深夜、スマホで見つけた広告のキャッチコピーに心を奪われた。
――美味しさそのまま、糖質45%カット。

もう、白ごはんの誘惑に負ける必要はない。そう信じて、俺は迷わず“例の炊飯器”をポチった。

ところが――。
待てど暮らせど、体重計の針はびくともしない。いや、むしろ少し増えているじゃないか。

「……おかしいな。毎日ちゃんと食べてるのに」
思わずつぶやいて、自分で苦笑する。糖質カットのはずが、ただ水っぽいご飯を頬張っていただけだったのか。

広告の文字を何度も読み返すうちに、じわじわと怒りが込み上げてきた。
「効果なし」「期待外れ」なんて言葉じゃ足りない。俺の希望と努力を返してくれ。

笑い話にしてしまえば楽かもしれない。けれど、世の中には本気で健康を賭けている人もいる。
「冗談じゃない」――そう叫びたくなる気持ちは、きっと俺だけじゃないはずだ。

※本記事の冒頭ストーリーは、実際の事件をもとにしたフィクションです。
実在の人物・団体を直接描写するものではなく、当事者の心情に想像を交えて構成しています。

⚖️❓ 「糖質45%カット炊飯器」裁判

「美味しさそのまま糖質45%カット」――。

こうしたキャッチコピーで宣伝された「糖質カット炊飯器」をめぐり、消費者庁の措置命令取り消しを求めた裁判で、景品表示法史上初めて、措置命令を取り消す判決が下されました。さらに国が控訴に踏み切ったことで、この問題は社会的にも大きな注目を集めています。

なぜ、単なる家電広告の問題が、司法と行政のあり方そのものにまで波及するのでしょうか。事件の経緯と判決の意義を整理します。

🚨【事件の経緯】消費者庁 vs. 炊飯器メーカー

❓① 消費者庁の「待った!」

2023年10月31日、消費者庁は都内のメーカー4社(㈱forty-fourを含む)に対し、景品表示法違反(優良誤認)にあたるとして措置命令を出しました。

問題とされたのは、
「美味しさそのまま糖質45%カット」
という表示。

消費者庁は、これが「通常の炊飯と同じように炊き上がるのに、糖質だけが減る」と誤認させると判断し、再発防止を命じました。

背景には、国民生活センターの調査があります。2023年3月のテストでは、多くの糖質カット炊飯器は「糖質量が減る」のではなく「水分量が増えて割合が下がる」だけで、実際の糖質総量に大きな差はないことが明らかにされました。

👉つまり、糖質カットは「実質的効果」より「見かけの数字」に過ぎない可能性が高い――。この科学的疑念が、消費者庁の強い規制姿勢につながったのです。

🔍参考:国民生活センター調査
https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20230315_1.html

⚖️② 「措置命令取り消し」判決

ところが、2025年7月25日、東京地裁は会社側の主張を認め、措置命令を取り消しました。

裁判所の判断はこうです。

  • 広告には「通常とは異なる炊飯工程」が明記されているため、消費者が「普通のご飯と同様の炊き上がり」と誤解するとは言えない。
  • 「おいしさそのまま」は、物理的品質の保証ではなく、味覚に関する主観的な表現に過ぎない。

結果として、「著しく優良」と誤認させる表示には当たらないと結論づけました。

👉この判決は、1962年の景表法制定以来、初めて行政の措置命令を違法とした事例となります。

🚨③ 国が控訴、司法と行政の対立へ

消費者庁は判決を不服として、2025年8月8日に控訴しました。

背景には、「消費者の誤認を防ぐ」という行政の使命があります。もしこの判決が確定すれば、今後の広告規制に大きな制約が生じるからです。

🧭【事件が投げかける問い】

  • 誇大広告の「線引き」はどこか?
  • 消費者が注意して読めば誤解しない広告も、行政は規制できるのか?
  • 「科学的根拠」ではなく「消費者の受け止め方」を基準にするのは妥当か?

司法は「消費者は誤解しない」と判断しましたが、国民生活センターの科学的テストは「効果に疑問あり」と指摘しており、両者の視点はずれています。

司法と行政の緊張関係――。
今回のケースは、司法が行政の裁量に一線を引いた重要な事例です。消費者を守る行政と、自由な経済活動を守る司法。そのバランスをどう取るかが問われています。

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

この判決は、景品表示法という「消費者を守る盾」が、行政の運用と司法の解釈の間で、その効力を問われた事例です。

司法は、「広告に書かれた小さな注釈を消費者は読み取るべきだ」として、行政の規制に一線を引きました。
これは、取引の自由という価値を守った判断です。

しかし、消費者庁の規制の背景には、
「忙しい現代人が、すべての誇大広告を冷静に分析するのは不可能だ」という、現実的な消費者心理への配慮があります。
この判決は、残念ながらその「騙されやすい消費者という現実」を十分に汲み取らなかった可能性を否定できません。

👉 法律は、常に「知っている者」と「知らない者」の格差を是正しようと動くべきです。

科学的根拠に乏しい商品に対し、個人が訴訟を起こすのは極めて困難です。
だからこそ、行政には「消費者を代表して厳しく規制する」という重い役割があります。

この裁判は、「広告の裏を読めなかった消費者が、泣き寝入りしなくても済む社会」を実現するための試金石です。
行政は今後も、「厳格かつ科学的根拠に基づいた規制」の旗を決して降ろしてはなりません。

それこそが、静かに泣く消費者の声なき願いに応える道だと、私は思います。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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