法改正トピック|2020年民法改正(令和2年4月1日施行)

📨 特別送達の衝撃
「……特別送達?」
アパート経営者の権田(ごんだ)は、郵便局員から手渡された重々しい封筒を前に、生唾を飲み込んだ。
差出人は「東京地方裁判所」。
震える手で封を開けると、そこには『債権差押命令』という物騒な文字が並んでいた。
(まさか、私が何か悪いことを?)
慌てて中身を読む。債務者の欄には、現在入居中のテナント「株式会社ブライト」の名前。
そして第三債務者の欄に、権田の名前があった。
どうやら、ブライト社が借金の返済を滞らせ、債権者である金融業者が、ブライト社が権田に預けている「敷金」を差し押さえたようだ。
「えっ、敷金を払えってことか? でも、ブライト社はまだ入居中だぞ……」
権田はパニックになった。
敷金は300万円預かっている。
これを今すぐ債権者に支払ってしまったら、もしブライト社が家賃を滞納したり、夜逃げして部屋をボロボロにされたりしたら、誰がその補償をしてくれるんだ?
「私の担保はどうなるんだ!」
権田は封筒を掴んだまま、弁護士法人みなとパートナーズへと駆け込んだ。
⚖️ 大家さんは「最強の優先権」を持っている
権田さんのように、入居者の借金トラブルのとばっちりで、裁判所から「敷金の差押通知」を受け取る大家さんは少なくありません。
結論から言うと、今すぐ支払う必要はありません。
敷金はあくまで「大家さんのための担保」です。
2020年の民法改正により、敷金のルール(優先順位や返還時期)が明文化され、大家さんの権利がしっかりと守られる形になりました。
大家さんはいつ支払えばいいのか?
民法622条の2により、敷金を返す時期(=差押債権者に支払う時期)は以下のように定められました。
「賃貸借契約が終了し、かつ、物件の明渡しが完了した後」
つまり、入居者が住んでいる間は、1円も支払う必要はありません。
差押命令が届いたからといって、慌てて供託したり、支払ったりしないよう注意してください。
大家さんの取り分はどうなる?(優先権)
ここが最も重要なポイントです。
敷金は、大家さんが「未払い家賃」や「原状回復費用」を確保するためのものです。
したがって、差押債権者よりも、大家さんの債権(家賃や修繕費)が優先されます。
もし入居者が退去する際に、家賃滞納があったり、部屋の修繕が必要だったりした場合、大家さんは預かっている敷金からそれらを全額差し引く(控除する)ことができます。
【計算式】
差押債権者がもらえる額 = 預かり敷金 - (未払い家賃 + 原状回復費用 + 損害金)
もし、滞納や修繕費が多くて敷金がゼロになった場合、差押債権者には「残額がなかったので支払えません」と伝えればOKです。
「敷金」の定義と改正民法
改正民法では、名目にかかわらず「何らかの担保として預かったお金」はすべて「敷金」として扱われることを明記しました(民法622条の2第1項)。
したがって、「保証金」「建設協力金」といった名目であっても、実質的に敷金と同じ性質であれば、同じルール(大家さん優先)が適用されます。
また、入居者から「敷金を差し押さえられたから、今の家賃を敷金から引いてくれ」と言うことはできません(同条第2項)。
大家さんは、家賃の請求をすれば足り、借主が支払いをしなければ契約の解除が可能です。
📝 大家さんが取るべき対応ステップ
裁判所から差押命令(または仮差押命令)が届いたら、以下の手順で対応しましょう。
- 陳述書を提出する
裁判所から同封されている「陳述書(第三債務者用)」に、「現時点で入居中であること」「敷金は預かっているが、退去時の精算が優先されること」を記載して返送します。 - 敷金はキープし続ける
入居者が退去するその日まで、敷金は手元に保管します。 - 退去時に精算する
契約終了後、通常通り未払い家賃や原状回復費を計算し、差し引きます。 - 「残り」があれば払う
精算してまだお金が余っていれば、その残額を差押債権者に支払います(または供託します)。
🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点
私は債権回収の依頼を受ける際、相手が法人の場合、「敷金(保証金)」の差押えを検討することがよくあります。
特にオフィスの保証金は数百万円になることもあり、魅力的なターゲットに見えますが、実効性のない場合もあります。
なぜなら、敷金が差し押さえられるような会社は、すでに経営が火の車であることが多いからです。
いざ差押えをしても、その会社が倒産・夜逃げをしてしまえば、数ヶ月分の家賃滞納や、膨大な原状回復費用が発生します。
その結果、「大家さんが優先的に敷金を使い切ってしまい、差押債権者には1円も回ってこなかった」というケースも珍しくありません。
敷金差押えは有力な手段ですが、万能ではありません。
大家さんの立場としては「自分の権利(優先権)を行使すれば怖くない」と理解し、債権者の立場としては「空振りになるリスク」も計算に入れておく必要があります。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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