令和7年2月27日大阪高等裁判所/令和6年(ネ)1431号 著作者人格権侵害差止等請求控訴事件

 🕯️ 「直されると、奪われるのあいだで」

先生は、私の最初の理解者だった。脚本の書き方も、業界の空気も、すべて教えてくれた人だ。
その先生が、私の脚本を推薦してくれた。
「この人の作品なら、世に出していい」
その言葉で、企画は動き出した。

打合せの席で、先生は言った。
「映画にするなら、手直しは入るよ。僕も入るから」
私はうなずいた。プロの現場では当然だし、先生が入るなら、むしろ心強いと思った。

第十稿を渡したあと、やり取りは続いた。
史実の確認、詩の解釈、構成の相談。
私は調べ、答え、修正の意図を想像しながら応じた。
先生が、単なる調整ではなく、もっと深く踏み込んでいることにも、気づいてはいた。
それでも、止めなかった。推薦してくれた人だ。指導してきた人だ。
「直す」と言っていたのだから。

メールで原稿が送られてきていたことは、あとから知った。
忙しさに紛れて、開いていなかった。
まさか、それが完成稿だとは思っていなかった。
――違う。
登場人物の動機が、私の書いたものではない。
物語の芯が、別の方向へ引き寄せられている。私が守りたかった部分が、静かに書き換えられていた。
怒りが、遅れて押し寄せてきた。
「なぜ、一言もなかった」「なぜ、私の同意を確かめなかった」
頭の中で、問いが渦を巻く。
私の名前が残っている以上、これは私の作品だ。
――直すと、奪うは違う。
その一線を越えられた、という感覚が、怒りとして胸に残った。

私は、ただ評価されたかったわけではない。自分の書いた物語として、扱われたかっただけだ。
だから、法廷に立った。感情ではなく、権利の問題として、この違和感を言葉にするために。

※本記事の冒頭ストーリーは、実際の判例をもとにしたフィクションです。
実在の人物・団体を直接描写するものではなく、当事者の心情に想像を交えて構成しています。

 📜 「その改変は、同意の中にあったのか」

今回のテーマは、著作権法における「同一性保持権」と、共同制作における「同意の範囲」です。
映画の脚本修正をめぐり、一審(大阪地裁)は権利侵害を認めましたが、控訴審(大阪高裁 令和7年2月27日判決)はこれを否定し、原告の請求を棄却しました。

📝 同一性保持権とは?

著作権法20条1項に定められた権利で、「自分の著作物の内容や題号を、自分の意に反して勝手に変更、切除、その他の改変をされない権利」のことです。

🏛️事件の概要

  1. 登場人物:原告(新人脚本家)と、その指導役でもあった被告(ベテラン脚本家)。
  2. 経緯:原告が執筆した「第10稿」をベースに映画化が進んだが、プロデューサーの意向で被告が脚本家に加わり、大幅な加筆修正を行って「第12稿(決定稿)」が完成した。
  3. 変更内容:第12稿では、主人公が戦争詩を書く動機が「純粋な愛国心(原告案)」から「名声欲しさや生活のため(被告案)」に変更されたり、DVシーンの描写に被告独自の解釈が加えられた。

⚖️ 裁判所の判断の「ねじれ」

一審(大阪地裁)控訴審(大阪高裁)
結論権利侵害あり(黒)権利侵害なし(白)
同意の範囲被告が手を入れることに同意はしたが、「何でも変えていい」という包括的な同意ではない。重要な変更には個別の同意が必要。原告は、被告が創作性を加えて修正することを包括的に容認していた。よって意に反する改変ではない。

🐯弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

なぜ、高裁は一審の判決を覆したのでしょうか?
判決文を読み解くと、「プロ同士の仕事の進め方」に対する裁判所の厳しい視線が浮かび上がります。

🔍 逆転の理由1:「修正期間中の沈黙」は「同意」とみなされた

高裁が重視したのは、第10稿から第11稿ができるまでの「2ヶ月間」の原告の態度です。

  • 原告は、被告が修正作業をしていることを知っていました。
  • 被告から「歴史的事実の調査」などを頼まれ、それに協力していました。
  • そのやり取りの中で、被告が単なる字句修正ではなく、創作的な変更」を加えようとしていることは予測できたはずです。

それにもかかわらず、原告はこの期間中、被告に対して「勝手に変えないで」といった異議を述べていません。 高裁はこれを「被告が創作も加えながら加筆・修正することを容認していた(黙示の同意があった)」と認定しました。

🔍 逆転の理由2:「名前を連ねる」ことの意味

原告は「被告はあくまでアドバイザー的な立場で、自分の脚本を尊重してくれると思っていた」と主張しました。 しかし高裁は、被告が著名な脚本家であることを重視しました。

「被告としては、脚本家としての自らの名前を(中略)表示する以上、脚本家として加筆、修正を加えて納得のいく脚本を完成させようとすることは当然予想されるところ」

つまり、「大御所に名前を出して参加してもらう以上、その人が自分の色(作家性)を出して直すのは当たり前でしょ? それを承諾した時点で、修正内容も任せたことになる」というロジックです。

🔍 逆転の理由3:メールの見落としは「言い訳」にならない

決定稿(第12稿)になる直前、被告は原告にもメールで原稿を送っていました。 原告は「気づかなかった」と主張しましたが、高裁は「被告は検討する機会を与えていた」と評価しました。
「見ていなかった」としても、被告は手続きを踏んでおり、その後、監督やプロデューサーがそれを決定稿にした責任を、脚本家である被告に負わせることはできないと判断されたのです。

💡 クリエイターへの教訓:その「よろしくお願いします」は危険です

この判決は、共同制作を行うすべてのクリエイターにとって、背筋が凍るような教訓を含んでいます。
日本的な「あとは先生によろしくお願いします」という謙譲の姿勢。 これは法廷では、幅広く加筆修正を認めたものとして扱われるリスクが高いということです。

もし、あなたが自分の作品の「核」を守りたいのなら

  1. 「ここだけは変えないでほしい」というポイントを、制作開始前に文書で伝える。
  2. 修正稿が出てきたら、違和感がある時点ですぐに、明確に異議を唱える。「我慢」や「沈黙」は、法的には「OK」と同じ意味を持ちます。
  3. 大御所が参加する=作品が乗っ取られるリスクがあることを覚悟し、契約書で改変には自身の承諾が必要であることを確保する。

「言わなくても分かってくれる」は通用しません。
権利を守るのは、沈黙ではなく、意思表示なのです。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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