📝『社長の“借金”と、回収の糸口』

株式会社フタバ商事の社長、松永は、取引先である株式会社ユウワ開発のフォルダを睨んでいた。未回収の売掛金が800万円。ユウワ開発の経営はすでに破綻寸前で、このままでは貸倒れが確実だった。

「もう諦めるしかないのか…」

そのとき、松永の前に現れたのは、ユウワ開発を最近解雇された経理担当者だった。
彼女は小さなUSBメモリを差し出した。

「松永社長、これを見てください。ユウワ開発には、まだ隠された資産があります。藤堂社長個人に対する、多額の『会社からの貸付金』です。帳簿上は資産ですが、社長は豪遊に使って、会社に返す気など全くありません。」

松永の心臓が強く跳ねた。社長個人の隠し借金—まさしく「隠し資産」だ。

「先生、どうにかなりませんか!?あの藤堂社長の個人資産を狙って、ウチの売掛金を回収する方法は!?」

弁護士は静かに資料を広げた。

「ええ。藤堂社長個人への貸付金を、あなたの会社が法的に回収する権利(債権者代位権)はあります。しかし、回収は極めて困難です。なぜなら、社長個人を相手にした途端、法的な壁と、手の込んだ『言い訳』が立ちはだかるからです。」

目の前には資産がある。しかし、その回収の糸口は、社長の「嘘」と「密室の契約」によって、見えない壁に阻まれていた。

📌 本記事の冒頭ストーリーは、事案説明のために作成したフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

📖相談事例:社長の「隠し借金」を回収できるか?

冒頭の事例では、株式会社フタバ商事は、株式会社ユウワ開発への売掛金が回収できずに困っています。
しかし、ユウワ開発を解雇された経理担当者からの情報で、ユウワ開発には藤堂社長個人に対する貸付金(隠し資産)があることが判明しました。ユウワ開発が無資力(返済能力がない)状態であれば、フタバ商事は「債権者代位権」を使って、ユウワ開発に代わって藤堂社長からこの貸付金を回収できるでしょうか?

✨結論:密接な関係がある場合、債権者代位権は無力化します。

このケースでは、第三債務者である藤堂社長と債務者であるユウワ開発が「密接な関係(社長と会社)」にあるため、債権者代位権は実効性を有しません。回収を妨害する「言い訳」が無数に作り出されるからです。

⚖️債権者代位権が無力化する二つの仕組み(改正民法)

債権者代位権は、債務者が無資力であるとき、債務者の権利(被代位権利)を債権者が代わりに行使できる強力な権利です(民法423条)。しかし、以下の二つの法的壁が、この権利の実効性を失わせます。

🧱 壁1:相手方の「言い訳(抗弁)」がすべて通用する

債権者(フタバ商事)が藤堂社長に貸付金の返済を求めても、藤堂社長はユウワ開発に対して主張できるすべての「言い訳(抗弁)」を、あなたに対しても主張できると定められています(民法423条の4)。

藤堂社長が主張できる「言い訳(抗弁)」の具体例回収への影響
相殺の抗弁「ユウワ開発から役員報酬の未払いがある。それを貸付金と相殺する」
期限の利益の抗弁「ユウワ開発との間で、借入金について長期分割弁済の合意がある」

要するに、密接な関係があれば、後からいくらでも「帳簿上は問題ない」という抗弁を作り出し、回収を妨害できてしまうのです。

🧱 壁2:債務者(ユウワ開発)自身が「取立て」できてしまう

旧法下の判例と異なり、改正民法では、債権者が代位権を行使した後であっても、債務者(ユウワ開発)は、自らその権利(藤堂社長への貸付金)を取立て、または処分することを妨げられないと明記されました(民法423条の5)。

  • 旧法(判例): 債権者が代位権を行使したら、債務者の処分権限は失われると解釈されていた。
  • 新法(改正後): 債務者も取立て可能。第三債務者の債務者に対する弁済も有効。

あなたが藤堂社長に代位権を行使しても、藤堂社長が「ユウワ開発に弁済する」と言えば、あなたはそれを止められず、回収金はユウワ開発の手元に戻ってしまい、他の債権者に流れるリスクが残るのです。

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

💡 423条の5の衝撃 — 実務家の「常識」が覆った瞬間

この改正民法が明確にしたのは、「身内同士の契約は、法律を欺くための盾になり得る」という現実、そして旧法下の実務常識が通用しないという衝撃です。

債権者代位権が「使えない」致命的なケースは、以下の密接な関係がある場合です。

  1. 社長と会社(役員貸付金など)
  2. 親族が経営するグループ企業間
  3. 実質同族企業間の取引

これらのケースでは、債権者代位権という迂遠な手段に時間を費やすのではなく、本来の手段に切り替えるべきです。

🛡️ 結論:回収の現場で「資産を確保するスピード」こそが全て

債権者代位権は、密接な関係が絡む案件では、単独での回収手段として実効性を失いました。

債権回収の現場で最も重要な鉄則は、「誰よりも早く資産を凍結する」ことです。

  • 債権者代位権という手段に時間を費やすのではなく、「仮差押え」という直接的かつ強制力のある手段に速やかに移行し、資産を凍結することが、貸し倒れを防ぐ唯一の賢明な戦略です。

回収の現場では、法的な美しさよりも、「資産を確保するスピード」こそが全てを決めます。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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