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🌙 絶望的な状況から始まった闘い

労働災害は、企業経営にとって突如訪れる青天の霹靂です。
私の依頼者が直面したのは、まさに事業の存続を揺るがす危機でした。

従業員であるベトナム人技能実習生が作業中に右眼を失明し、その代理人弁護士から4,621万円という、極めて莫大な損害賠償請求がなされたのです。

しかし、私たちは決して諦めませんでした。
この絶望的な請求額の裏に隠された「法的弱点」を見抜き、最高裁判例と客観的な事実武器に戦略を構築。粘り強い交渉の末、当初請求額から約3,976万円(約86%の減額)を勝ち取り、最終的に645万円での和解を成立させました。

本稿では、この劇的な逆転和解に至る軌跡を辿りながら、いかにして絶望的な状況を打開したのか、その戦略の要諦を具体的に解説します。

📂 事案の概要|技能実習生から特定技能1号へ…その矢先の事故

  • 被災者:ベトナム人男性(30代)
  • 就労状況:元技能実習3号 → 特定活動 → 特定技能1号へ在留資格変更(R4.12.2〜R5.12.2)
  • 事故状況:足場材の片付け作業中、番線切断時に右眼球破裂の障害を負う(後遺障害8級)
  • 請求内容:損害4621万円(労災からの既払金を除く)、当方100%の過失責任を主張

⚠ ポイント

①会社の安全配慮義務違反

会社側が、外国人労働者に対して十分な安全教育や危険防止措置を怠ったため事故が発生したと断じ、会社に一方的な責任があると主張。

②逸失利益の算定方法

外国人労働者が事故で失った将来の収入(逸失利益)について、事故前年の日本での年収(359万7,769円)を基礎とし、67歳の就労可能年齢まで日本で働き続けることを前提に算出
逸失利益約3,970万円。

③過失相殺の否定

事故の原因は全面的に会社側にあるとし、被災者である外国人労働者の過失は一切考慮せず、過失割合を0%と主張。

事件の核心:4,600万円請求の「法的不当性」を暴く

相手方の当初請求は、以下の二つの強気な法的主張に基づいて構成されていました。
この主張の土台を崩すことが、勝利への絶対条件でした。

🚨 争点①:逸失利益(将来の収入)の算定基準

請求額の約85%を占めた逸失利益(約3,970万円)は、「被災者が67歳の就労可能年齢まで日本で現在の収入を得続ける」という非現実的な前提で算出されていました。

当事務所の反論

一時的な在留資格の制限を指摘。特定技能2号への移行は単なる希望的観測であり、客観的証拠がない。

法的根拠

📚 最高裁判所平成9年1月28日判決(改進社事件)
一時的に在留する外国人労働者の逸失利益算定に際し、「就労可能期間内は日本の収入、それ以降は母国の収入を基準とする算定が合理的である」と明示。

結果

外国人労働者の逸失利益は、母国での収入を基準とすべきであるという最高裁の判断を援用し、ベトナムの平均年収(約49万円)を基礎として再計算。
⇒ 逸失利益の主張を約1/4以下に減額させることに成功。

🛠️ 争点②:過失相殺(50%)の適用で「全責任」を回避

相手方は「事故の責任は100%会社にある」と主張しましたが、私たちは「過失相殺」を適用する客観的な事実を追求しました。

  • 決定的な事実: 会社が貸与していたヘルメットには収納式シールドが付いていたが、被災者自身が「片付け業務中である」との理由で、本人の判断でこれを使用していなかった
  • 主張の構成: 保護シールドを使用していれば事故は防げた可能性が極めて高いことをもって、会社指導に反する被災者自身の過失を主張。当初0%とされていた被災者側の過失を50%で主張し、損害額を半減させる突破口を開きました。

🛡️ 勝利の軌跡:法的な武器と最終的な和解

当事務所の主張が功を奏し、相手方の当初の強硬な姿勢は根本から揺らぎました。

交渉の劇的な推移

交渉段階相手方提示額当方提案額減額幅
当初請求46,216,908円
相手方第2次案17,955,543円約2,826万円減額
最終和解額(提案受諾)6,452,840円約3,976万円減額(約86%)

最終和解の構成(論理的「詰み」の一手)

交渉を最終的に決着させたのは、単なる金額の提示ではなく、法的根拠と客観的証拠に基づく論理的かつ現実的な解決策の提示でした。

逸失利益の再計算:

最高裁判例の趣旨に基づき、在留資格の有効期限という客観的証拠に基づいて逸失利益を10,217,192円と算出。

過失相殺の適用

これら合計額から、保護シールド不使用を理由に50%の過失相殺を適用。

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点:企業が学ぶべき防衛策

4,600万円の壁を破った「最強の証拠」とは?

労働災害の損害賠償請求において、相手方の主張を鵜呑みにせず、法的な論点を的確に整理し、粘り強く交渉することの重要性を改めて示しました。

特に、中小企業を事業の存続に関わるほどの危機から救うために必要なのは、以下の「防衛の鉄則」です。

  1. 防衛策①:外国人労働者の「在留資格」を客観的証拠として使う逸失利益の算定において、「生涯日本で働く」という希望的観測を許さない最高裁判例(改進社事件)の存在は、企業防衛の最強の盾となります。
    在留資格の期限という客観的な事実に基づき、損害の算定期間を限定することが極めて重要です。
  2. 防衛策②:「保護具の不使用」は被災者の責任として徹底追求せよ事故の責任が100%会社にあるという主張に対し、「会社が貸与・指導した保護具(シールド)を、本人の判断で使わなかった」という事実は、過失相殺を主張するための最も強力な根拠となります。
    日頃から就業規則や安全教育で保護具の着用を厳格に義務付けておくことが、万が一の際の大きな防衛線となるのです。
  3. 防衛策③:上乗せ労災保険でリスクを封じる政府の労災保険だけでは、4,600万円という高額な請求はカバーできません。民間の「使用者賠償責任保険(上乗せ労災保険)」に加入しておくことが、財務的なリスクを大幅に軽減する、最も現実的な企業防衛策であることを、この事例は雄弁に物語っています。

この勝利は、決して偶然ではありません。それは、法的な論点を的確に整理し、判例という客観的な根拠に基づき、粘り強く交渉を続けた、弁護士の戦略が結実した結果です。

労働災害に関するトラブルでお悩みの経営者の方は、決して一人で抱え込まず、諦める前に一度、私たち専門家にご相談ください。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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