法改正トピック|2020年民法改正(令和2年4月1日施行)

💼 沈黙の鑑定額

不動産鑑定士の佐々木一郎は、机の上の鑑定書を見つめていた。
――5,000万円。
相場を調べ尽くし、迷いも妥協もなく出した数字だ。
だが、目の前の債権者である藤本は、その数字を疑っている。

「本当に正しいんですか?」
静かな声。だからこそ刺さる。

債務者の原田が所有していたマンションは、鑑定直後に原田の知人である川島に4,800万円で売却された。
紙の上では何も不自然はない。
それなのに、藤本は次の問いを突きつけた。

「……あなた、原田と何か関係があるんじゃないですか。」

佐々木の胸がわずかに揺れた。
関係などない。だが、鑑定の過程で原田の苦しさを知ってしまったことが、今は疑いに変わる。

「私はデータで判断しています。」
そう答える声は、自分でもわかるほど硬かった。

藤本は鑑定書を手に立ち上がる。
「詐害行為取消の訴訟を起こします。あなたの鑑定も、そこで問われることになるでしょう。」

扉が閉まったあと、佐々木の周囲に残ったのは、数字と沈黙だけだった。
――5,000万円。
その一つの数字が、今や裁判の火種となろうとしていた。

📌 本記事の冒頭ストーリーは、事案の説明のために創作したフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

💰 紛争の状況

不動産鑑定士の佐々木は、5,000万円と査定したマンションが、債務者原田から知人である川島に4,800万円で売買されたことについて、債権者藤本から「査定額に誤りはないか」との疑問を抱かれている状況です。

【問題の構図】

  • 債権者藤本(A):債務者原田に2,000万円の貸付債権がある。
  • 債務者原田(B):債権者藤本への借金を抱え、他に目ぼしい財産がない。
  • 買主 川島(C):債務者原田の知り合いで、マンションを鑑定価格に近い価格(4,800万円)で購入。

債権者Aは、債務者Bが唯一の財産を売却して現金化し、その現金を隠匿しようとしているとして、買主Cを相手に売買契約の取消し(詐害行為取消)を求めて訴訟を起こしました。

🚨 争点:相当対価か否かが「詐害行為」の境界線

この裁判の勝敗は、債務者Bと買主Cの売買が「相当の対価」で行われたか否かで大きく変わります。

  • 旧法時代: 債権者を害することを知って不動産を売却しただけで、詐害行為取消が認められる可能性があった。
  • 改正民法(424条の2): 相当の対価(相場に近い価格)を得て財産を処分した場合、詐害行為取消が認められるには、以下の3つの厳しい要件をすべて満たす必要がある。
要件債権者藤本が立証すべきこと影響
① 隠匿のおそれ不動産が金銭に換わり、隠匿や処分をするおそれを現に生じさせたこと。満たしやすい要件
② 債務者の隠匿意思債務者Bが、現金を隠そうとする意思を持っていたこと。債務者Bの心の状態であり、立証は難しい。
③ 受益者の隠匿意思の認識買主Cが、債務者Bに隠匿の意思があること知っていたこと。最も困難な要件。買主Cの悪意を立証しなければならない。

債務者に有利な改正:なぜ「不動産鑑定士」が鍵となるのか?

この改正は、相当の対価を支払った第三者(買主)の法的地位の安定を極めて重視したものです。

🔑 不動産鑑定士の役割:価格の「信用性」を担保する

なぜ、不動産鑑定士である佐々木の「5,000万円の査定」が重要なのでしょうか。

裁判で原告Aが取消を求める際に、「売買価格4,800万円は相場より著しく安い」と主張した場合、その価格の真実性が争点となります。

  • 一般の簡易査定の場合: 不動産業者が出す簡易査定は、業者によって価格に1,000万円前後の開きが出ることもあり、裁判での信用性は低いのが実情。
  • 国家資格者の鑑定: 不動産鑑定士による鑑定書は、国家資格に基づく客観的な証拠として、裁判所が価格の信用性を判断する上で最も重要かつ有力な証拠となります。

不動産鑑定士である佐々木の査定額が正確であれば、債務者Bと買主Cの売買が「相当の対価」で行われたことが証明され、要件②や③を立証しなければ詐害行為取消は認められない、という債務者側に極めて有利な状況が生まれます。

🚨 リスク回避の鉄則:裁判官は神様ではない

不動産鑑定士は裁判所に証人として呼ばれる可能性があります。

「裁判官は神様ではない」ため、証拠の提出がなければ、事実(例:買主Cの隠匿認識)は闇の中に埋もれます。だからこそ、不動産鑑定士の公正な第三者としての評価が、「不当に財産が流出したわけではない」という揺るぎない事実を証明し、売買契約を保護する鍵となるのです。

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

「正直な取引」を救済する法と、プロの責任

この改正民法が目指したのは、「債務者の不当な請求逃れを許さない」という正義と、「正直な第三者(買主)の取引の安全を守る」という法の安定性のバランスです。

相当の対価を得た取引に対し、法が極めて高い立証ハードル(隠匿意思の認識)を課した背景には、「市場の流動性を守り、正当な取引を萎縮させてはならない」という強い経済的な思想があります。

私たち法律家は、価格の真実性を証明する上で、不動産鑑定士が果たす「公正な第三者としての証明力」を最大限に活用しなければなりません。

👉 不動産鑑定士は、単なる査定の専門家ではありません。

彼らは、紛争の場で「この取引が公正であったか、不当であったか」という真実を、客観的な価格の証明によって法廷に示す「正義の協力者」です。

企業経営者が不動産を売却する際、後の紛争で詐害行為取消を主張されないためにも、国家資格者による公正な鑑定評価を取得しておくこと。そして、この「相当対価」の証明こそが、予期せぬ債権者の追及から、あなたのビジネスと取引の相手を守る、最も賢明な予防法務となるのです。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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