令和7年7月3日福岡高等裁判所第3民事部/令和7年(ネ)34号 不当利得返還・損害賠償請求控訴事件

✍️「俺はもう、沈黙しない」

毎朝、届くはずの新聞は「顧客の数」ではなく「社の都合」で決まっていた。
玄関先に積まれる、売れる見込みのない束。
数百部もの紙が、未配達のまま倉庫に押し込まれる。

「余った分は、どうにか処分しておいてください」
営業担当は笑顔でそう言った。だが、その笑顔の裏にあるのは圧力だ。
断れば、契約を切られる。融通を利かせなければ、次からは扱わせてもらえない。

最初は我慢した。
だが、山のように積まれた売れ残りを前に、我慢は怒りに変わっていった。

「これは商取引じゃない。ただの搾取だ」

スタッフたちが夜明け前に必死で配達している間に、新聞社は「発行部数」という数字だけを膨らませて利益を得ている。
汗をかくのは現場、利益を吸い上げるのは本社。

その構造に気づいたとき、心の中で火が灯った。
「ふざけるな。俺はもう、沈黙しない」

たとえ相手が巨大新聞社でも構わない。
声を上げなければ、この慣行は未来永劫続いていく。
押し紙の山を見つめながら、私は決意した。
――この戦いは、販売店だけのためじゃない。
真実を求める読者のためにも、必ず裁判で示してやる。

※本記事の冒頭ストーリーは、実際の判例をもとにしたフィクションです。
実在の人物・団体を直接描写するものではなく、当事者の心情に想像を交えて構成しています。

🚨 新聞「押し紙」訴訟、販売店側の訴えを棄却

2025年7月3日、福岡高等裁判所は、西日本新聞の販売店が「注文部数を超える新聞を強制的に買わされた」として新聞社を訴えた裁判で、販売店側の控訴を棄却しました。
判決は「新聞社による押し紙行為は認められない」と結論づけ、一審の判断を支持しました。


❓ 押し紙とは?

「押し紙」とは、新聞社が販売店に対し、購読者数を超える部数を注文させたり、減紙を拒否したりして、余剰紙を抱えさせる行為です。
この行為は 独占禁止法2条9項6号(新聞特殊指定) により「不公正な取引方法」として禁止されています。


📘 事件の概要

控訴人の販売店は、約7年半にわたり西日本新聞を販売。
しかし「実際の購読者数以上の新聞を仕入れることを強いられた」と主張し、

  • 不当利得返還請求(約2,773万円)
  • 弁護士費用相当額を含む損害賠償(合計約3,051万円)

を求めて提訴しました。

一審の福岡地裁は販売店の請求を棄却。控訴審でも販売店は「新聞社が部数を指示し、減紙を拒否した」と主張しましたが、高裁はこれを退けました。


🔍 福岡高裁の判断

1. 4月・10月の部数増加

販売店は「新聞社が広告収入のために部数増を指示した」と主張。
しかし裁判所は、販売店自身も折込広告料収入を増やす利益を有しており、**「新聞社が一方的に強制したとは言えない」**と判断しました。

2. 注文方法をめぐる争点

販売店は「FAXでのみ注文しており、電話では伝えていない」と主張。
しかし高裁は「FAXの注文表は補助的資料にすぎず、電話での確認が行われていた」と認定しました。

3. 減紙拒否の有無

新聞社従業員の「部数の自由増減は認められない」との発言について、裁判所は「予備紙ゼロを認めない趣旨にすぎない」と解釈。
減紙自体を一律に拒否したものではないと結論づけました。


💡 判決の意義と課題

この判決は、新聞販売店が「押し紙行為」を裁判で立証する難しさを浮き彫りにしました。

  • 「自主的注文」と「強制」の境界があいまい
  • 販売店の証拠だけでは新聞社の関与を認定しにくい構造
  • 特殊指定が存在しても、実務上は新聞社に有利な判断が下されやすい

新聞購読者数の減少や広告収入の縮小で販売店の経営は厳しさを増しています。
今回の判決は、新聞社と販売店の取引慣行をどう透明化し、公正な関係を構築するかという制度的課題を改めて示しています。


🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

新聞の「押し紙」問題は、
「商慣行」という名の同調圧力と、
「独占禁止法」が守ろうとする公正な競争原理とが、
長年にわたって衝突し続けてきた、日本社会の構造的課題です。

法は、新聞業界に対し「特殊指定」を設け、
不公正な取引方法、いわゆる「押し紙」や「取引妨害」を禁止しています。
しかし、今回の福岡高裁判決が突きつけたのは、
「法が存在すること」と「法が機能すること」の間に横たわる、深い実務の断層」でした。

👉 裁判所の論理は、表面上は合理的です。

販売店が「押し紙を強制された」と主張しても、
裁判所が重視するのは、客観的な証拠。
「電話で注文確認をしていた」「広告収入増の利益が販売店にもあった」
そうした書面や客観的記録が残る以上、
新聞社による「一方的な強制」の立証は極めて困難です。

しかし現実には、新聞社と販売店の間には、圧倒的な力の非対称性が存在します。
新聞社は、あらゆるやり取りを「自主的注文」として記録し、
販売店は「断れば契約を切られる」という無言の圧力に晒される。
この「空気」こそが、法の外で人を縛る真の拘束力であり、
裁判所が扱う「書面化された強制」とは異なる、
見えない支配構造の実体なのです。

この判決は、独占禁止法が正義の剣であっても、
その剣を抜くためには、巨大企業と零細事業者の力の差を乗り越えるだけの証拠という盾が不可欠であることを示しました。

「押し紙」という不公正な慣行を根絶するには、
法改正だけでなく、取引の透明化と監視の仕組み、
そして販売店が不当な要求を拒める構造的支援の整備が
求められます。

司法の判断が下されても、
この問題の本質的な解決は、まだ始まったばかりです。
それは――沈黙の慣行に、社会全体がどこまで光を当てるかにかかっています。となるでしょう。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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