法改正トピック|2020年民法改正(令和2年4月1日施行)

『待たなかった朝』

「すみません、材料の納品、少しだけ遅れそうで……」
電話の向こうで田畑の声が震えていた。
宮田は、無意識に机を指で叩いた。
――またか。これで三度目だ。

現場は止まり、クライアントからは「もう限界だ」と言われている。
信頼を守るためには、誰かを切らなければならない。
その夜、宮田はついに決断した。

『納期遅延のため、契約を解除します。今後の対応は不要です。』
短い文面を打ち込み、送信ボタンを押す。
胸の奥に、冷たいものが広がった。

翌日、宮田は別の業者に連絡を入れ、代替発注を済ませた。
これで現場は動く――そう思った矢先、スマホが鳴った。

「社長、すみません! 先ほど、確実に仕入れられるルートが見つかりました!
必ず明日までに納品します!」
田畑の声には、ようやく掴んだ希望の色があった。

宮田は一瞬、何も言えなかった。
「……もう、別の業者に頼んでしまったんだ。」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥が重く沈んだ。

外では工事の音が響いていた。
だが宮田には、それがどこか遠くで鳴るように聞こえた。

――ほんの一日。
そのわずかな時間が、十年の信頼を断ち切った。

🚨 「待たずに解除」が認められる、その法的境界線

契約が守られなかったとき(債務不履行)、契約を解消(解除)するためには、原則として相手に相当の期間を定めて履行を促す催告が必要です(民法541条)。これは、契約の安定性を守るための基本的なルールです。

しかし、催告をしても無意味な場合にまで時間をかける必要はありません。この無催告解除が認められる類型について、2020年の民法改正で大幅に整理され、その範囲が広がりました。

旧法の限定的な無催告解除

旧民法下で、催告なしの解除が認められていたのは、非常に限定的でした。

  1. 定期行為の履行遅滞(例:結婚式のウェディングドレス) 契約の性質上、特定の日時に履行しなければ目的が達成できない場合(例:結婚式に間に合わなければ意味がない)。
  2. 履行不能 契約の履行が客観的に不可能になった場合(例:特定物の焼失)。

旧法では、これら以外の「相手が明らかにやる気がない」というケース(履行拒絶)についての規定が明確ではありませんでした。

💡 改正民法:無催告解除を「類型化」し明確化

改正民法(542条)は、催告しても無駄なケースを明確に類型化し、無催告解除の適用範囲を広げました。

特に重要なのは、履行拒絶見込みがないことが明らかなケースが追加された点です。

無催告解除が認められるケース(民法542条の主要類型)具体例
① 履行不能契約した建物が火事で全焼した(客観的に履行不可能)。
② 履行拒絶債務者が「もう契約を履行するつもりはない」と書面などで明確に伝えてきた。
③ 定期行為結婚式の翌日にウェディングドレスを納品した。
④ 履行見込みがないことが明らか(新設)債務者が倒産寸前で、契約目的を達するだけの履行が今後もされる見込みがないことが客観的に明白である。

※履行不能や履行拒絶が一部のみの場合は、残りの部分で契約目的が達成可能かどうかによって、全部解除か一部解除かが決まります。

🚨 最も注意すべき「類型④:履行見込みなし」

無催告解除の類型のうち、「債務者がその債務の履行をせず、催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき」(1項5号)は、特にその適用が難しい、実務家泣かせの規定です。

これは、債務者の「意思」に関係なく、客観的な状況(例:深刻な資金繰り悪化、主要設備の停止など)から判断されますが、「見込みがないことの証明」は極めて困難です。

この規定があるからといって、「どうせ催告しても無駄だから」と自己判断で無催告解除に踏み切るのは非常に危険です。

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

「無催告解除の主張は、諸刃の剣」

法改正により無催告解除の類型が増えたことは、一見、債権者にとって有利に働くと感じられるかもしれません。しかし、実務上、私はクライアントに対し、履行遅滞の場合は原則として催告を行うよう強く助言しています

なぜなら、無催告解除は裁判で争われた際に、解除の要件を満たしていなかったと判断されるリスクが高いからです。

例えば、「履行拒絶の意思」を明確にしたかどうかは、口頭のやり取りだけでは立証が難しく、「履行の見込みがないこと」も、裁判所が客観的な証拠を厳しく審査します。

もし、裁判で「解除要件を満たしていなかった」と判断されると、不当な解除をした側として、逆に相手方から債務不履行責任(損害賠償)を追及される立場に逆転してしまいます。

解除の時期を少し早めるために、将来の敗訴リスクを負うのは賢明ではありません。

実務の現場では、「催告を無意味だ」として解除を主張するケースを散見しますが、その多くが後に紛争の種となっています。解除の時期が数週間ずれたとしても、石橋は叩いて渡るのが鉄則です。履行遅滞の場合は、内容証明郵便などで相当期間を定めて催告をする、という確実な手続きを踏むことが、契約当事者を不必要なリスクから守る唯一の賢明な方法なのです。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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