🧩 変わった法定利率、兄の記憶と今の現実

「先生……父が事故で亡くなって、もう3年になります。」
応接室に入った依頼者は、深く腰を下ろすとゆっくり口を開いた。

「相続人同士の話し合いもようやく落ち着いて、これから加害者に損害賠償請求をしようということになったんですが……」
言葉を切り、少し間を置いて続ける。
「兄が言うんです。『遅延損害金は年5%で計算できるはずだ』って。本当にそうなんでしょうか?」

眉を曇らせた依頼者は、両手を膝の上に固く組み、答えを待っていた。
数字に潜む意味を知っている者なら、その問いが重い現実を伴うことを理解している。

私は静かにうなずいた。
かつて「年5%」と定められていた法定利率。だが、2020年の民法改正で、そのルールは大きく姿を変えていた――。


❓ 法定利率ってなに?

「法定利率」とは、契約で利率を決めていない場合に、自動的に適用される利率のことです。
契約で「利息は○%」と決めていればその利率(約定利率)が優先されますが、特に定めがないときは法律で定められた「法定利率」に従います。

かつては、民法で 年5%、商法で商取引に関して 年6% と固定されていました。
例えば交通事故の損害賠償請求で「遅延損害金」を請求する場合、この5%が適用されていました。

解決まで3年かかれば、損害額に加えて15%分の遅延損害金が上乗せされる計算。かなり大きな金額になります。


📘 改正民法による仕組みの変更

時代は超低金利。実際の金利と「法定利率5%」との間に大きな差が生まれていました。
そこで2020年(令和2年)4月からは、法定利率を 年3% に引き下げたうえで、3年ごとに見直す変動制 が導入されました。

  • 法定利率は一律 年3%
  • 3年ごとに見直し(基準割合をもとに、1%以上の変動があれば1%刻みで上下)
  • 商取引も民法と同じ扱いに統一(商法514条の削除)

🔍 令和5年4月1日以降の告示(法務省)

2023年(令和5年)3月1日、法務省から次のように告示されました。

  • 第2期(令和5年4月1日~令和8年3月31日)の 基準割合は年0.5%
  • 第1期(令和2年~令和5年)の基準割合0.7%との差は1%未満

➡ よって 令和5年4月1日以降も、法定利率は3%のまま据え置き


🧭 時系列でみる法定利率

  • 令和2年3月31日まで ➡ 年5%
  • 令和2年4月1日~令和5年3月31日 ➡ 年3%
  • 令和5年4月1日~令和8年3月31日 ➡ 年3%(変更なし)
  • 令和8年4月1日以降 ➡ 未確定(基準割合に応じて変動の可能性あり)

💡 実務での影響

普段は契約書で利率や遅延損害金を定めているため、法定利率を意識する機会は少ないかもしれません。
しかし、契約書がない場合や不法行為(交通事故など)の損害賠償では、法定利率が直接適用されます。

かつて商取引では6%だった遅延損害金も、今は3%に半減しました。
不法行為による損害賠償でも、事故日が令和2年4月以降なら3%が適用されます。


🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

民法改正により法定利率は年5%から年3%へ引き下げられ、
さらに3年ごとの変動制が導入されました。
この改正は、単なる「数字の修正」ではなく、すべての金銭債権の計算根拠を変える大転換です。

法定利率が「固定」から「変動」に変わったということは、
従来の「法律で決まっているから安心」という考え方が通用しなくなったということでもあります。
つまり、実務家や事業者がそれぞれの立場で金利リスクを意識し、
契約段階から明確な取り決めを行うことが求められる時代に入ったのです。

特に注意が必要なのは、次の二点です。

  1. 商取引における遅延損害金の明記不足
    旧商法では年6%が当然とされていましたが、今は民法と同じ3%が原則です。
    契約書に利率を定めないまま取引を続けると、債権回収時に本来受け取れる金額を大きく減らすおそれがあります。
  2. 不法行為における「適用時点」の問題
    交通事故や医療過誤など、長期にわたる事案では、
    将来の改定で利率が上昇・下降する可能性があります。
    どの時点の法定利率を適用すべきかが新たな争点となり得ます。

法定利率の変動制は、
「市場金利の変化を反映し、現実に即した損害の公平な評価を行う」ための仕組みです。
しかしその公平さを支えるのは、法ではなく、日々の契約実務の丁寧さです。

私たち法律家は、クライアントに対し、
「契約書に書かないと損をする時代」になったことを明確に伝え、
契約締結時のリスクマネジメントと、紛争発生時の利率判断を両輪で支援していく必要があります。

数字の背後には、社会の金利動向と人の取引の現実があります。
その二つの間をつなぐのが、法定利率という制度であり、
そこにこそ「法と経済のあわい」を見つめる弁護士の役割があるのです。

👉 法定利率は「普段は意識しないけれど、いざというときに大きな影響を与える数字」です。
令和8年の次回見直しにも注目しておきましょう。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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