⚖️ 公共グラウンドでの悲劇──6歳児失明事故と裁判所の判断


「あれ……目の前が、まっくらだ──」

夕方のグラウンドは、すこしだけ風が気持ちよくて、 みんなの笑い声が空にふわっと広がっていた。

「これ、ころがして遊ぼうよ!」 お姉ちゃんがそう言って、手を伸ばしたのは、大きな鉄のローラー。 重そうだったけど、みんなで押したら──動いた。

「すごいすごい!」 くるくる回るローラー。 砂ぼこりが舞って、みんなの顔も笑ってて、 わたしも──うれしくて、頑張ってローラーを押し続けた。

でも、そのときだった。
足がもつれて、身体がふわっと浮いたような気がした。
何かつかもうとしても、手が届かなくて──

「……あれ?」 気づいたら、みんなの顔が遠くにあって、 何か、とても重たいものが私の顔にのしかかってきた。
ごつん、って音がして、 目の前がすごく、すごく暗くなった。

誰かが叫んでる。 「Aちゃん!? ねえ、起きてよ!」 声がいっぱい響いてたけど、もう──何も見えなかった。

📰 子どもの遊びに“予測”は通用するのか?

2025年1月29日。津地裁四日市支部の法廷で読み上げられたのは、あまりに重く、しかし行政の責任を否定するという判断でした。

三重県四日市市の公共グラウンドで起きた6歳児の失明事故。裁判所は、四日市市に国家賠償責任はないと判断しました──。

この判決が問いかけるのは、行政の「予見可能性」の限界。そして、子どもの命を守る責任が、いったい誰にあるのか、という根源的な問いです。

🛞 事故の概要──600kgのローラーが奪った光

事故が起きたのは、令和元年5月26日。
場所は四日市市内の「bスポーツ広場」。
当時6歳だった女の子(原告A)は、グラウンドに置かれていた重さ約600kgの手動式整地ローラーで、友達と遊んでいました。
だがその最中、彼女の身体が当該ローラーに巻き上げられるようにしてローラー部分に乗り上げ、その勢いのまま、ローラー部分の前方に転倒し、頭部がローラーの下敷きに──。

結果、両眼を失明し、生涯にわたる後遺障害を負うことになりました。

母親(原告B)は、市の設置管理責任を問うて、国賠法2条1項責任に基づき約7000万円の損害賠償を求めて提訴しました。

🏛 裁判所の判断──「公共施設」にも限界はある

裁判所はまず、このグラウンドが国家賠償法にいう「公の営造物」に該当すると認定。

市側は、「管理は自治会に移していた」と主張したが、それは“日常的な管理の委託”に過ぎず、法的な設置主体は四日市市であると退けました。

ところが、問題はそこではありません。

「国賠法2条1項にいう「公の営造物の設置又は管理に瑕疵」があるとは、公の営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、「公の営造物」とは、国又は公共団体により直接に公の目的に供される有体物をいうものと解され、上記の安全性を欠くか否かの判断は、当該営造物の構造、本来の用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきである(最高裁昭和42年(オ)第921号同45年8月20日第一小法廷判決・民集24巻9号1268頁、最高裁昭和53年(オ)第76号同年7月4日第三小法廷判決・民集32巻5号809頁参照)。」

⚠️ 争点は「想定外の遊び」──子どもの行動は読めない?

裁判所が焦点を当てたのは、次の一点でした。

「本件グラウンドが通常有すべき安全性を欠くか否かは、本件グラウンドの構造、本来の用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮した上で、本件事故の際に原告Aら6名が隅に置かれていた本件整地ローラーを使用して本件グラウンドを利用したことが、通常予測し得ない異常な方法による利用であり、これによって本件事故が生じたものであるか否かを判断すべきことになる。」

当時、遊んでいたのは幼稚園年長~小4までの6人。

この子たちが協力して、600kgのローラーを高速で転がすという遊びに及んだことを、裁判所は“異常な使用態様”と認定しました。

「原告Aら6名による本件事故の際の遊びは、本件整地ローラーを、小学4年生2名、小学2年生1名、小学1年生2名及び幼児1名という年少の児童・幼児ら6名が集って、けん引したり押したりしてローラー部分を転がし、しかも、かなりの距離を、押している児童が勢いのままにローラーに乗り上げて前方に転倒(前提事実(3)ア)するというまでの相当の速度で転がして遊ぶというものであったから、本件グラウンド及びそこに置かれた本件整地ローラーの本来的用法と異なることはもちろん、上記の日常的な遊び場としての本件グラウンドにおける遊び方とも著しくかけ離れた態様の遊びというほかない。子どもである以上、遊びとして大人が思いもよらない行動に出ることはあり得るとはいえ、上記のとおり、子どもが本件整地ローラーを動かして遊ぶという目的や動機を有するに至ることは通常想定できないから、とりわけ幼児も含む年少者が集団で一体となって本件整地ローラーを相当の速度で転がす遊びに及ぶことは、異常な遊び方として本件グラウンドの設置管理者が通常予測し得ないものである。」

──そう結論づけ、市側の安全管理に瑕疵はないと判断しました。

📚 判決文と法的分析──安全性の“通常性”とは何か

国家賠償法第2条1項は、「公の営造物が通常有すべき安全性を欠くことにより生じた損害」を対象とする。

しかし今回、裁判所は「整地ローラーを幼児が遊びに使うという事態は、通常の使用態様ではない」として、その安全性を問題としませんでした。

つまり、

  • 想定外の使い方をした
  • 管理者がそれを予測し得なかった

という2点が揃った場合、国家賠償の枠外となるという判断になりました。

判決の意義──防げた事故はなぜ防がれなかったのか?

この判決、何より重たいのは「事故のわずか4日後にローラーは固定された」という事実です。
つまり、事故のあとになって“やればできた”対策が、なぜ“その前”に実行されなかったのか──

市民の側から見れば、その疑問は当然のものでしょう。

安全管理とは「起きたあとに対処」するのではなく、「起きる前に防ぐ」ためにあるべきという意見は、傾聴に値します。

💡 予測できない行動に備えるのは、誰の責任?

この判例が教えてくれるのは、

「子どもの予測不能な行動に、社会全体でどう備えるか」

という問い。

今後、重機や備品などを公共空間に置くときには、

  • 子どもが触れないよう物理的に固定する
  • 危険を知らせる明示的な表示を行う

といった対応が、行政の側でもより求めらるでしょう。

そして保護者の側も、「公共の場にあるものは安全」と思い込まず、リスクの芽に気づけるよう、意識を新たにする必要があります。

👨‍⚖️ 弁護士の視点

この判決を見て、子供が小さい頃、公園の遊具が、使用禁止になっていたことを思い出しました。
一見して、何の問題もないように見える遊具。

しかし、これを使用禁止にしたのは、子供が万一にでも怪我をしてはいけないという行政の配慮だったのでしょう。

そして、実際に事故が起きた時。
それが、誰の責任になるのか、それは、親にとっても、実務家にとっても、重い命題です。

「予測できなかった遊びだったから責任なし」という理屈、裁判所の論理も合理性はあります。

だけど、親として、実務家として、あれが金属製の大型物体でなければ?
子どもが寄りつかないよう注意喚起の表示がされていれば?
ローラーが固定されていたら、防げたはず。

本件は、施設管理者が“リスクを想像する力”をどこまで持つべきか、という問題を突きつけました。
そして、我々大人全員にとっても、「子どもの好奇心」と「社会の備え」が釣り合っているかを考え直すきっかけになるものでした。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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