🎯「ガーシー訴訟」一審取り消しの波紋
~送達の失敗が裁判を無効にする理由とは~

🕊️ 正義の前に、送達があった──差し戻し判決に沈む静寂
判決文を閉じた弁護士の口から、その言葉が出たとき
一瞬、意味が理解できなかった。
「……差し戻し、ですか?」
自分の声が少し上ずっていた。
弁護士は静かにうなずき、補足する。
「送達が違法だったという判断です。高裁としては、一審判決は維持できないと」
名誉毀損は認められたはずだった。
でも、それより前に、「手続が正しくなかった」ことが裁かれた。
「つまり……もう一度、最初からやり直し……?」
SNSで晒されたあの日から、ようやく勝ち取ったはずの司法の答えが、
手続の瑕疵ひとつで、すべて仕切り直しになるなんて。
一審で、訴状は送達できなかった。地裁の指示にしたがって、現地調査も行った。
そして、地裁が認めた公示送達のはずだった。
それでも、高裁は「調査が足りなかった」と言う。
「やり直すしか……ないんですね」
弁護士の返事は、なかった。
ただ、机の上に重ねられた書類の束が、すべてを物語っていた。
⚖️ 現代司法の盲点? SNS時代に問われる“訴えの伝え方”
2025年7月10日、大阪高裁は、元兵庫県警警察官の男性が
ガーシー(東谷義和)元参議院議員に対して起こした名誉毀損訴訟の一審判決を取り消し、
審理を神戸地裁に差し戻すという決定を下しました。
争点となったのは、中傷の内容でも損害額でもありません。
裁かれたのは、**裁判所が訴状をきちんと届けたのか(送達)**という「手続の正しさ」でした。
今回は、この事件を通じて、現代における送達の意味と限界、
そして原告側の負担という新たな課題を考えてみます。
🧾 なぜ「1,000万円の賠償命令」が無効になったのか?
一審の神戸地裁は、2024年1月、ガーシー氏が公開したYouTube動画によって
元警察官男性の名誉が毀損されたとして、損害賠償1,000万円を命じる判決を言い渡していました。
しかし、大阪高裁(浜本章子裁判長)はこの判決を無効とし、審理のやり直し=地裁差し戻しを命じました。
理由は明快です。
「ガーシー氏への訴状・判決文の送達が適切に行われておらず、公示送達に踏み切った判断は不適切だった」
つまり、ガーシー氏に“きちんと知らせないまま”判決を出してしまったという手続違反があったというのです。
📬 送達とは何か?なぜそこまで重要なのか?
民事裁判では、裁判所が当事者に対して訴状・呼出状などを届ける「送達」は、単なる手続きではありません。
それは、裁判を“正式に開始”させるスイッチです。
もし被告に訴えが届いていなければ、
裁判に出る機会も、反論する機会も、証拠を出す機会も失われることになります。
🔍 送達の本質とは
- 相手の「防御権」を保障する根本手続き
- 送達なしの裁判は「無通知裁判」であり、原則として無効
📢 公示送達とは?そして“最終手段”である理由
訴状は、特別送達で被告に送られます。
特別送達とは、裁判所などの公的機関から、訴訟関係者などに対して、重要な書類を確実に送達(送付)し、その送達の事実を証明するための、郵便の特殊な取扱いです。
そして、通常の送達(特別送達、書留など)で相手方に訴状が届かない場合、最後の手段として用いられるのが「公示送達」です。
裁判所の掲示板に裁判所書記官が訴状を保管し、いつでも送達を受けるべき者に交付する旨を掲示し、一定期間経過後に「届いたものとみなす」という制度です(民訴法111条、112条)。
ただしこれは、本当に相手方と連絡がつかない場合だけに限られます。
📌 公示送達が許される条件
- 住民票上の住所・勤務先などの調査を尽くした上での「所在不明」
- 訴訟代理人による調査報告書の提出など、詳細な説明責任
- 電話・メール・SNSなど他の連絡手段が使えないことの確認
💡 高裁が指摘した「SNSで連絡できたのではないか?」
ガーシー氏は、訴訟当時もSNSを活用して情報発信を続けており、
X(旧Twitter)やInstagramでDM(ダイレクトメッセージ)による接触の可能性が残されていました。
高裁はこう述べました:
「交流サイトのDM機能など、相手に通知しうる手段があり得たのに、公示送達に踏み切ったのは不適切」
つまり、「もっとできることがあったのでは?」というのが今回の差し戻しの決定打でした。
🧷 問われる“調査義務”──原告側に過大な負担では?
今回の判断は、被告の権利(防御権)を重視するものでした。
一方で、原告側にかかる「調査義務」のハードルは確実に上がったとも言えます。
✅ 原告に生じる実務負担の例
- SNSのアカウント確認・DM送信・反応記録
- スクリーンショット等で「通知努力の証拠化」
- 住所不明調査に加えて、SNS活動の有無まで調べる
- 調査報告書の精緻化
- 調査費用・専門家費用(探偵・弁護士など)の増大
🔍「公示送達の厳格化」は時代に沿うのか、逆行なのか
SNSやメールといった「紙に依らない連絡手段」が普及する現代、送達の在り方に変化が求められているのは確かです。
一方で、公示送達に過度な慎重さが求められすぎると、悪意ある被告ほど訴追が困難になるという逆説も生まれます。
今回の判決は、時代を象徴する出来事であると同時に、今後の制度設計への再検討を迫るものでもあります。
📝 まとめ:SNS時代の裁判制度は、いま曲がり角に立っている
今回のガーシー氏訴訟の差し戻しは、
「裁判の中身」ではなく「届いていたかどうか」がすべてを左右したという、司法の根本的な性質を浮き彫りにしました。
- SNSで発信している相手に「本当に届かない」といえるのか?
- 公示送達の乱用と厳格化、どこで線を引くべきか?
- 原告に課される「調査義務」は、どこまでが妥当なのか?
今後、SNSやデジタル連絡手段を前提とした
新たな「送達制度」の再設計と運用指針が、真剣に議論されていくことになるかもしれません。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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