法改正トピック|2020年民法改正(令和2年4月1日施行)

🌧️ 泥に沈んだ部屋と、大家の通告書

「先生、もう限界です……。大家さんは全く聞く耳を持ってくれません。」
 相談室の椅子に座るなり、井手は一枚の通知書をデスクに置いた。手は微かに震えている。

「先月の土砂災害で、私が借りている一軒家の1階部分が土砂に埋まりました。泥のかき出しも終わっておらず、1階は全く使えない状態です。今は家族全員、2階の二部屋だけで身を寄せ合って暮らしています。」

井手は悲痛な表情で続けた。
 「当然、家賃は安くなると思って交渉しました。でも、大家さんは、遠方に住んでいて、現状を見てくれません。『天災はお互い様だ』『契約書に記載の賃料を支払え』の一点張りで……」

井手は、通知書を指差した。そこには赤い文字でこう書かれていた。
『次回の更新日までに賃料の全額が振り込まれない場合、契約不履行として直ちに契約を解除し、退去を求める』

「半分しか使えないのに、全額払えと言うんです。少しでも引いたら、家族ごと追い出すぞと……。先生、私たちは泥の中で暮らすか、路頭に迷うかしかないんでしょうか?」

弁護士は、通知書を一瞥し、静かに首を横に振った。
 「いいえ、井手さん。追い出されることはありませんし、全額払う必要もありません。法律は今、あなたの味方です。」

⚖️ 法的解説:「減額請求」から「当然減額」へ

今回のようなケースは、改正民法(2020年4月施行)でルールが劇的に変わった重要ポイントです。

井手さんの大家さんは「全額払わないなら解除する」と言っていますが、これは法的に通りません。なぜなら、「家賃はすでに、勝手に下がっているから」です。

「当然減額」という新ルール(民法611条)

旧民法では、部屋の一部が使えなくなった場合、借主は大家さんに「家賃を下げてください」と請求(交渉)する必要がありました。
 しかし、改正民法では以下のように変更されました。

(賃借物の一部滅失等による賃料の減額等) 第六百十一条 
賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。

ポイントは「減額される」という言葉です。 「請求できる」ではありません。
大家さんが承諾しようがしまいが、法律上、自動的に家賃は下がっているのです。
 したがって、井手さんが「使えない割合分」を差し引いて支払ったとしても、それは「一部不払い」にはならず、大家さんは契約解除できません。

どれくらい安くなる?(減額割合の目安)

「当然減額」といっても、いくら下がるかが自動計算されるわけではありません。
実務上は、「使えなくなった面積」や「効用(生活への影響度)」の割合で計算します。

  • 面積割合: 1階が全て使えないなら、延床面積の50%減額。
  • 日本賃貸住宅管理協会のガイドライン(目安)
    • お風呂が使えない:10%減額
    • トイレが使えない:20%減額
    • 浸水等で使用不能:免除(100%減額)または使用不能日数分の日割り

今回の井手さんのケースでは、「1階が土砂で埋没」しているため、少なくとも50%~状況によってはそれ以上の大幅な減額が法的に正当化されるでしょう。

※具体的割合は個別事情により最終的に裁判所が判断することになります。

貸室・設備等の不具合による賃料減額ガイドライン
公益財団法人日本賃貸住宅管理協会
https://www.jpm.jp/wp-content/uploads/2024/10/031818.pdf

「もう住めない」なら解除も可能

もし、土砂崩れの被害が甚大で「これでは借りた目的(安全な居住)が達成できない」と判断した場合、井手さん側から直ちに契約を解除することも可能です(民法611条2項)。
この場合、違約金等を支払う必要はありません。

📝 大家さんが強硬な場合の対応ステップ

法律上は「減額されている」といっても、大家さんが納得せずに「滞納だ!」と騒ぐリスクは残ります。トラブルを避けるために、以下の手順を踏んでください。

Step 1. 減額の根拠を書面で送る

「民法611条に基づき、1階部分(50%)が使用不能のため、賃料は法律上減額されています。つきましては、復旧するまでの間、賃料の50%相当額である〇〇円を支払います」と通知(できれば内容証明郵便)します。

Step 2. 「供託」を利用する

もし大家さんが「減額した家賃なんて受け取らない!」と受け取りを拒否した場合、その分を法務局に預ける「供託(きょうたく)」という制度を利用します。
これにより、法的には「家賃を支払った」ことになり、契約解除を完全に防ぐことができます。

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

「感情論」と「法律論」を切り分ける

大家さんの「ローンもあるのに家賃を下げられたら困る」という感情は理解できます。
しかし、賃貸借契約の基本は「使用させる対価として賃料をもらう」ことです。
貸す側が「部屋(使用できる状態)」を提供できていない以上、その分の対価を受け取る権利は、法的に消滅しています。
これは「危険負担」という民法の公平の原則からも明らかです。

大家さんが話し合いに応じない状態であれば、無理に説得しようとして疲弊する必要はありません。
「法律上すでに下がっている」という事実を淡々と伝え、必要であれば弁護士名の通知書を送ることで、相手の態度は変わることが多いです。
生活の基盤を守るため、まずは専門家にご相談ください。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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