法改正トピック|2020年民法改正(令和2年4月1日施行)

🧵「お客様の笑顔」を優先してしまった、私の後悔
「東田さん、見てください! 海外の市場で一目惚れした生地なんです。これでジャケットを作ったら最高だと思って!」
常連のお客様が目を輝かせてカウンターに広げたのは、独特の織り柄と風合いを持つインポート生地でした。 確かに、洒落ています。しかし、その生地を受け取った瞬間、私の指先に嫌な予感が走りました。
(……うん? この手触り、シルクと麻の混紡か。色柄は良いが、織りが甘くてデリケートすぎる。スーツ仕立てのプレスや、その後のクリーニングに耐えられるか……?)
私の脳裏に「やめておいた方がいい」というプロの警報が鳴り響きます。
ですが、お客様は長年の常連で、「自分だけの一着」を作るのを心から楽しみにしている。
ここで「これ、すぐダメになりますよ」と言えば、水を差すことになる……。
(まあ、お客様も丁寧に扱うだろうし、ドライクリーニング指定を徹底すればなんとかなるか……)
私は、あえて懸念を飲み込み、「粋な生地ですね! 腕によりをかけて仕立てますよ」と引き受けてしまいました。
数週間後、納品したジャケットはお客様に大変喜ばれました。
しかし、その喜びは長く続きませんでした。
「東田さん! 一回クリーニングに出しただけで、全体が波打つように縮んで、型崩れしちゃったよ! もう着られないじゃないか、どうしてくれるんだ!」
激昂するお客様の剣幕に、私は言葉を失いました。
「持ち込んだのはお客様ですから」……喉まで出かかったその言葉を、私は飲み込みました。
⚖️ 解説:「怪しい」と気づいていたなら、プロの負け
結論から申し上げますと、このケース、東田さんが法的責任を負う(代金を返す)可能性が高いです。
本来、請負契約(オーダースーツ作成など)において、注文者が持ち込んだ材料が原因で不具合が起きた場合、職人は責任を負いません。
改正民法636条には、こう書かれています。
原則:注文者の責任
注文者が提供した材料の性質によって生じた不適合については、注文者は職人に文句(修補請求や解除)を言えない。
これだけ見れば、「変な生地を持ってきたお客様が悪い」となりそうです。 しかし、同条には恐ろしい「ただし書き(例外)」があるのです。
例外:プロの責任(民法636条 但し書き)
ただし、請負人(職人)が、その材料が不適当であることを「知りながら告げなかったとき」は、責任を免れない。
ここが今回の最大のポイントです。
東田さんは、生地を触った時に「織りが甘い」「縮むかもしれない」と感じていました。
プロである東田さんが「スーツには不向きかもしれない」と認識(予見)できたにもかかわらず、「まあ大丈夫だろう」とリスクを説明せずに(告げずに)製作した場合、この「但し書き」が適用されます。
結果として、東田さんは契約不適合責任を問われ、代金の返還や損害賠償に応じなければならなくなるのです。
(請負人の担保責任の制限)
第六百三十六条 請負人が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない仕事の目的物を注文者に引き渡したとき(その引渡しを要しない場合にあっては、仕事が終了した時に仕事の目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないとき)は、注文者は、注文者の供した材料の性質又は注文者の与えた指図によって生じた不適合を理由として、履行の追完の請求、報酬の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、請負人がその材料又は指図が不適当であることを知りながら告げなかったときは、この限りでない。
🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点
🛡️ 実務の教訓:プロの仕事は「断る勇気」を持つこと
「お客様の機嫌を損ねたくない」 「せっかくの依頼を断りたくない」
その気持ちは痛いほど分かりますが、法律は「プロなら、プロとしての知見を提供しなさい(説明義務)」と求めています。
もし、持ち込み生地に少しでも不安を感じたら、必ずこう伝えなければなりません。
- 「この生地は織りが甘いため、クリーニングで縮むリスクが高いです」
- 「スーツとしての耐久性は保証できませんが、それでもよろしいですか?」
このようにリスクを告げた上で、それでもお客様が「構わないから作ってくれ」と言った場合(これが「注文者の指図」になります)に初めて、東田さんは責任を免れることができます。
「怪しいけど、黙っておこう」は、優しさではなく、ただの時限爆弾です。
「なんとかなる」は、なんともなりません
職人さんやクリエイターの方は、技術がある分、「自分の腕でカバーすればなんとかなる」と考えてしまいがちです。
しかし、素材そのものの欠陥(縮みや色落ち)は、縫製の技術ではどうにもなりません。
今回のケース、もし裁判になったら、「プロのテーラーがこの生地を見れば、不適当であることは容易に判断できたはずだ」と認定されるでしょう。
「知らなかった」という言い訳も、プロ相手にはなかなか通用しません。
お客様の夢を形にするのが仕事ですが、「悪夢」にならないようにリスクを指摘するのも、またプロの重要な仕事です。
ちなみに私も昔、ダイエットを見越してウエストを細めにオーダーしたスーツがあります。
店員の方は「今のサイズで作った方がいいですよ。」と忠告してくれたのですが、私が「いや、痩せるから!」と言い張って作らせました。
……ええ、一度もボタンが閉まらないまま、クローゼットの肥やしになっています。
この場合は、店員さんが「告げた」のに私が強行したので、店員さんに責任はありません。私の「わがまま(指図)」の責任ですね😉
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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