法改正トピック|2020年民法改正(令和2年4月1日施行)

🏗️静まり返った現場と、一通の内容証明郵便

「真田社長、工期が遅れているのはどういうことですか! 開店に間に合わせる約束でしょう!」

スマホのスピーカーから響く施主の怒号に、真田(仮名)は、ただ頭を下げるしかなかった。
目の前にあるのは、天井裏が剥き出しになったままの、静まり返った現場だ。 本来なら、ダクト工事の轟音と職人たちの熱気で溢れかえっているはずの時間だった。

「……申し訳ございません。すぐに別の業者を手配します」

原因は、ダクト工事を任せていた下請け業者アップルリンク社(仮名・A社)だ。
工事が7割ほど進んだある朝、職人たちがプッツリと現場に来なくなったのだ。
慌てて職人の一人に連絡を取ると、電話口で彼は力なく言った。 『社長、悪いけど俺たちもう行けません。アップルリンク社から、もう3ヶ月も給料が振り込まれてないんです』

A社の資金ショート——。建設現場で最も恐ろしい事態だった。

真田はすぐに腹を括った。
A社との契約を解除し、頭を下げて回って別のC社を急遽手配した。
割高な急行料金を払い、なんとか工事を完遂させたものの、工期の遅れは取り戻せず、施主には多額の遅延損害金を支払うことになった。

「高い授業料だったな……」

全てが片付き、疲れ果てて事務所に戻った真田を待っていたのは、一通の封筒だった。 赤いスタンプが押された、内容証明郵便。
差出人は、あのA社だった。

震える手で封を開くと、そこには信じがたい文言が並んでいた。

『工事は7割完了しております。つきましては、契約解除時点での出来高(7割分の報酬)を、直ちに全額お支払いください』

真田は、思わずその紙を机に叩きつけた。

「ふざけるな! 現場を放り出して俺たちに大迷惑をかけておいて、金だけよこせだと?」
「こっちが被った損害はどうなるんだ。こんな理不尽な請求、払わなきゃいけないのか?」

⚖️ 工事途中で契約が終わった場合の法的整理

解説①:感情と法的評価は分けて考える

結論から申し上げますと、A社の請求には、法的な根拠があります。

かつての民法では「仕事の完成」が報酬の条件とされていましたが、改正民法(634条)により、途中で契約が終わった場合のルールが明確化されました。

改正民法634条(注文者が受ける利益の割合に応じた報酬)
工事が途中で終了した場合でも、

  1. その工事部分(出来高)が、可分(分けられるもの)であり
  2. その部分によって注文者が利益を受けている 場合には、「その利益の割合に応じて」報酬を請求できる。

今回、ダクト工事の7割は完了しており、真田さんはその続きをC社に依頼して建物を完成させています。
つまり、「A社が行った7割の工事部分は無駄になっておらず、真田さんはその分の利益を受けている」と評価されます。

したがって、原則として真田さんは、A社に対して既に行われた7割分の報酬を支払う義務があります。

🛡️ 解説②:全額払う必要はない。「損害賠償」との相殺

しかし、そのまま全額を支払う必要はありません。 真田さんには、A社の債務不履行(工事の放棄)によって生じた「損害」を請求する権利があるからです。

具体的には、以下の費用が損害として認められる可能性があります。

  1. 代替業者(C社)にかかった追加費用 (※当初のA社との契約額を超過した分)
  2. 施主に支払った遅延損害金
  3. 対応に要した余分な経費

実務上の解決策は、A社の「報酬請求権」と、真田さんの「損害賠償請求権」を対当額で相殺(そうさい)することです。

【計算イメージ】

  • A社の出来高請求(7割分): 200万円
  • 真田さんの損害(追加費用+遅延金): 150万円 ⇒ 実際に支払うのは、差額の 50万円 のみ。

もし損害が大きく、250万円 に達していた場合は、支払いはゼロになり、逆にA社へ 50万円 を請求することになります。

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

「誰の責任で止まったか」と「お金のタイミング」

今回のケースで最も注意すべきなのは、A社の資金繰りが悪化しているという点です。

法的に「7割分の支払い義務」があるからといって、請求されるがまま先に支払ってしまうのはリスクが高すぎます。 一度支払ってしまった後で、こちらから「損害賠償」を請求しても、A社に資力がなければ回収することは困難だからです(いわゆる「取りっぱぐれ」です)。

請負契約が途中で終わった場合、感情的になりがちですが、まずは冷静に計算書を作ることが先決です。

  1. 相手の出来高はいくらか。
  2. こちらの損害(手直し工事や追加費用)はいくらか。

この2つが出揃うまでは、「精算が終わっていないので支払えない」と伝えるのが、会社を守るための適切な対応です。
「払わない」のではなく、「正しい金額(相殺後の残額)を確定させてから払う」。この順序を間違えないようにしましょう。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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