令和7年3月25日横浜地方裁判所第7民事部/令和4年(ワ)410号 損害賠償等請求事件

😰 「頭を出せ」と呼ばれた日々 ― 弁護士による暴行とセクハラの現実
「頭を出せ。」
その一言が恐怖の合図だった。
机の横に立つと、拳が頭頂部に落ちる。痛みと屈辱が入り混じり、何度も繰り返されるたびに心が削られていく。
喫茶店で「あなたのことが大好きで仕方がない」と迫られた。
「40歳前後の女性は一番性欲が強いんだろう?」と問いかけられた。
挨拶をしても無視され、時には原稿を投げつけられ、「お前の顔なんか見たくない」と突き放される。
それでも彼女は通い続けた。生活のため、子どもを養うために。
だが心は限界を超え、うつ病と診断される。そして待っていたのは――「休業期間満了」を理由とする解雇通知だった。
「私が悪いのだろうか。それとも――」
彼女は裁判を決意した。
📌 本記事の冒頭ストーリーは、実際の判例を参考に再構成したフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
📘 事件の概要
- 原告:法律事務所で長年勤務していた事務員女性(シングルマザー)
- 被告:事務所を経営する二人の弁護士(親子)
この裁判は、法律事務所で勤務していた女性事務員が、上司である弁護士からの 継続的な暴行・セクハラ・暴言 により精神的に追い込まれ、うつ病を発症、さらに休職後に解雇されたことをめぐり提起された損害賠償請求訴訟です。
原告は損害賠償1,700万円超を請求。横浜地裁(令和7年3月25日判決)は、解雇の無効とともに、約960万円の賠償を命じました。
🔎 認定された具体的行為
裁判所が認定した事実は、読者の皆さんが「こんなことが本当にあるのか」と耳を疑うほど生々しいものでした。
🔹 暴行
- 頻度・態様
平成23年頃から原告が休業するまでの間、業務上のミスなどを理由に事務所内の自席に呼び出し、
「頭を出せ」と命じてげんこつで頭頂部を痛みを感じる程度の強さで殴打。これを継続的に繰り返していた。 - 特定の事例
平成30年11月頃、原稿の「下記のように」という箇所を「悪鬼のように」と誤変換したことに腹を立て、同様にげんこつで頭を殴打。
🔹 セクハラ(性的嫌がらせ)
- 恋愛感情の告白
平成24年頃、喫茶店で原告に対し
「あなたのことが大好きで仕方がない」
「奥さんがいなかったらあなたと結婚したい」
と繰り返し告げた。 - 性的好奇心に基づく言動
平成30年9月、喫茶店で、40代女性の身体のたるみを描写した小説の一節を原告に黙読させ、
「あなたはどう思う」
「私は、あなたのことを書いてあると思っていつも読んでいるんだ」
と述べた。 - 不適切な質問
「40歳前後の女性は一番性欲が強くなる。そういう時はどうするんだ?」と性的関心を示す発言。
🔹 暴言
- 人格否定
平成30年12月頃、年賀状作成の業務を任せていた原告が自分用の年賀状を用意していなかったことを指摘し、
「俺からの年賀状はいらないのか」
「お前の顔なんか見たくないから、あっち行け」
と発言。 - 業務上の態度
機嫌が悪いときは、原告の挨拶を無視。
内線で呼び出して原稿を投げつけるように渡す。
また、原稿ミスに際して理不尽に当たり散らし、怒りをぶつけた。
⚖️ 裁判所の判断
横浜地裁(令和7年3月25日判決)は、
- 継続的な暴行
- 恋愛感情を利用したセクハラ
- 人格を否定する暴言
を具体的に認定し、不法行為・人格権侵害にあたる と判断。
さらに、使用者としての 安全配慮義務違反 を認め、
解雇を無効とし、約960万円の損害賠償を命じました。
🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点
― 法を守る者が、法を裏切ったとき ―
この事件は、単なる職場ハラスメントではありません。
それは「法を知る者が、法の最も根源的な理念――人の尊厳――を踏みにじった」事件でした。
横浜地裁は、継続的な暴行、恋愛感情を装ったセクハラ、人格を否定する暴言を明確に認定し、
約960万円の損害賠償と解雇の無効を命じました。
判決の核心は、加害者が弁護士であったという点にあります。
弁護士とは、本来、市民の権利を守る存在です。
しかしその弁護士が、自らの事務所という最も身近な職場で、人の尊厳を奪う行為に及んだとすれば、
それは単なる不法行為ではなく、「職責の自己否定」です。
裁判所は、この事務所に対し、安全配慮義務違反を厳しく認定しました。
労働者の心身の安全を守ることは、あらゆる使用者の基本義務です。
とりわけ、法を扱う専門職である弁護士がこれを怠ることは、社会全体の信頼を損なう行為にほかなりません。
「あなたのことが好きだ」「40歳前後の女性は性欲が強い」
加害弁護士がこうした発言を“親しみ”や“冗談”としていたとしても、裁判所は明確に一線を引きました。
職務上の優位性を背景にした言葉や行為は、それ自体が支配であり、被害者に対する圧力です。
それは、恋愛でも好意でもなく、権力の行使です。
弁護士という職業は、社会の信頼の上にしか成り立ちません。
この判決が突きつけたのは、外に対して「正義を説く者」が、
まず内に対して「正義を実践しているか」という根源的な問いです。
法の力は、人を裁くだけのものではありません。
法を扱う者こそが、その理念に忠実であること
それが私たち弁護士に課された、最も重い責務なのです。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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