令和7年5月26日東京地方裁判所/令和4年(ワ)31988号

🌙恐怖を、金に換える仕事
「今日は三件、いけます」
ヒロキからの報告は、いつも短い。余計な感情も、言い訳もない。
受け子はよく動いている。逃げる気配もない。それでいい。
誰を狙うか。どの時間帯にかけるか。失敗した時、誰が責任を取るか。
そして、裏切った時、どうなるか。
ヒロキは暴力団員じゃない。だが、あいつが受け子を抑えられているのは、「俺の名前が通っている」からだ。
直接言う必要はない。「バックが誰か」を匂わせるだけで、人は大人しくなる。
受け子が逃げれば、ヒロキの責任になる。ヒロキがミスをすれば、俺の顔に泥が塗られる。その先を、皆、想像できる。
だから、命令はシンプルにする。金を受け取れ。余計なことはするな。問題が起きたら、俺に上げろ。
それだけだ。
「相手は、完全に信じ切っています」
ヒロキの声は落ち着いている。うまくいっている証拠だ。
俺は、テーブルの上のメモに目を落とした。
日付、金額、回収担当。
そこに、被害者の名前はない。名前を覚える必要はない。
これは感情の仕事じゃない。組織の資金を回す仕事だ。
俺がやっているのは、ただ一つ。恐怖と統制を、金に換えているだけだ。
※本記事の冒頭ストーリーは、実際の判例をもとにしたフィクションです。
実在の人物・団体を直接描写するものではなく、当事者の心情に想像を交えて構成しています。
🎓詐欺でも「威力」は使われている──暴対法31条の2が届いた理由
今回のテーマは、社会問題化している「特殊詐欺(オレオレ詐欺)」と、その背後にいる「暴力団トップの法的責任」です。 実行犯だけでなく、直接関与していない組織の首領にまで責任を追及できるのか。暴力団対策法(暴対法)31条の2が争点となった東京地裁の判決(令和7年5月26日)を解説します。
🏛️ 事件の概要と争点
高齢者ら(原告)が、親族を装う電話で現金をだまし取られました。 原告らは、詐欺の実行犯(Y1ら)だけでなく、Y1が所属していた指定暴力団「E会」のトップ(会長・理事長・総本部長=Y3ら)に対しても、損害賠償を求めて提訴しました。
裁判の最大の山場は、「トップの責任を問うための条件(暴対法31条の2)」を満たすかどうかでした。
⚖️ 裁判所の判断(東京地裁 令和7年5月26日判決)
裁判所は、被害者側の主張を全面的に認め、トップら(Y3、Y4、Y5)に連帯して賠償するよう命じました。
特に重要な判断は以下の2点です。
1.「音信不通で自動離脱」は通用しない
被告側は、実行犯Y1について「長期間音信不通だったため、事件当時は自動的に組を離脱していた(組員ではない)」と主張しました。破門状が出ているわけでもなく、「連絡が取れないから辞めたことになっている」という言い訳です。
しかし裁判所は、Y1が警察の取り調べで「組に所属している」と供述していたことや、組事務所に出入りしていた事実を指摘。「都合のいい時だけ組員ではないフリをする」ことは許さず、明確に「指定暴力団員」であると認定しました。
2.詐欺でも「組織の威力」を利用している(ここが最重要!)
暴対法31条の2でトップの責任を問うには、その犯罪が「暴力団の威力を利用して」行われたものである必要があります。 従来、「詐欺」は相手を「騙す」行為であり、恐喝のように「脅す(威力を示す)」わけではないため、この条文の適用は難しいのではないかという議論がありました。
しかし、裁判所はここで踏み込んだ判断を示しました。 「威力」が向けられる先は、被害者だけとは限らないのです。
- 内部統制への利用
Y1は、現金の受け取り役(受け子)に対し、「バックにヤクザがついているから逃げられない」と示唆し、また、逮捕された場合黙秘することを指示し、裏切りや持ち逃げを防いでいました。 - 犯行ツールの調達
他人名義の携帯電話や、現金回収役の調達に、組のネットワークを利用していました。
裁判所は、「騙す行為そのものに暴力を使っていなくても、犯罪グループを維持・統制し、犯行を遂行するシステム全体に『暴力団の威力』が不可欠な要素として組み込まれている」と認定。
詐欺であっても、それが組織の力(ブランドや恐怖)を背景に行われた資金獲得活動である以上、トップは責任を免れないと断じました。
🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点
この判決は、単なる一つの勝訴にとどまらず、実務上極めて大きな意義を持つ「到達点」と言えるでしょう。
これまで、詐欺事件における「暴力団トップの責任」は、法解釈に大きな争いがありました。
「騙しただけで、脅してはいないだろう」という形式的な反論に対し、今回の裁判所は「犯罪組織の構造」そのものにメスを入れたのです。
実行犯が末端の「受け子」を支配し、逃げられないようにするためにこそ、暴力団の代紋(威力)が使われている──その実態を直視し、「威力の利用」の解釈を広げた点は、司法の英断です。
そして何より、この画期的な判決を勝ち取ったのは、原告代理人を務めた弁護団の先生方の不屈の努力に他なりません。
巨大な暴力団組織を相手取り、緻密な証拠を積み上げ、従来の法解釈の壁を突破する論理を構築する。その勇気と熱意には、同じ法曹として深く敬意を表します。
被害者の無念に寄り添い、法の正義を示した裁判所と、それを導いた弁護団。 この判決は、泣き寝入りを強いられてきた多くの被害者にとって、未来を照らす灯火となるはずです。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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