法改正トピック|2020年民法改正(令和2年4月1日施行)

💰『隠された1500万円の光』

山田社長は、冷たいコーヒーを一口すすった。目の前には、貸付先であるA社から届いた「今月の支払いは見送らせていただく」という、簡潔で冷たいメールがプリントされている。貸した額は1000万円。事実上の支払い停止状態だ。

「うちも余裕がないのに、この1000万が戻らなければ、どうなる…」

その夜、取引先の社長との会食で、何気ない会話が耳に入った。

「そういえばA社さん、うちの取引先でもあるC社さんに大きな売掛金があるらしいんですよ。たしか1500万円くらい。まだ、支払期限前なのに、A社側が、C社への支払いのお願いをしていて、C社さんも困っているらしいですよ。」

山田社長の心臓が跳ねた。1500万円。A社は売掛金という回収可能な資産をもっているのか。他の債権者もこの情報に気づけば、すぐに裁判所へ駆け込むだろう。

「先生、どうにかなりませんか?A社には C社から1500万円入るはずなんです。あの金を、他の誰かに取られる前に、ウチの借金に充てたい!」

顧問弁護士は静かに資料を広げた。

「ええ、そのA社の売掛金を、あなたの会社が法的に、そして事実上、優先して回収する方法はあります。ただし、A社が正式な法的整理に入る前に、スピード勝負で動かなければなりません」

山田社長は深く息を吸い込んだ。

失われたはずの1000万円が、目の前の1500万円の光の中に、ぼんやりと見えた気がした。

📘1000万円を「事実上の優先弁済」で取り戻すための法的根拠

「A社に貸した1000万円が焦げ付いた。だが、A社には取引先C社に対する売掛金1500万円があるらしい…この1500万円を、自分の借金に充てられるか?」

結論から言います。適切に手続きを踏めば、あなたは他の債権者に先駆けて、この売掛金から自分の貸付金を「事実上、優先的に」回収できる可能性があります。

この方法が、裁判外でも行使可能な「債権者代位権」です。

本記事では、この最強の債権回収スキームを、経営者が知っておくべき3つの要件と、弁護士による実務上の落とし穴とともに解説します。

🙍‍♂️債権者代位権とは?— 「他人の権利」を使って優先回収する仕組み

債権者代位権とは、債務者(お金を返せない会社)が持っている権利を、債権者(お金を貸した会社)が代わりに使えるという制度です(民法423条)。

これは、債務者が回収できるはずの資産(売掛金など)を放置しているために、債権者が損をするのを防ぐためのものです。

登場人物

役割債権者代位権における役割相談事例での具体例
あなた債権者(権利を使う側)A社に1000万円を貸した会社
A社債務者(本来の権利者)あなたに返済できない会社
C社第三債務者(売掛金の支払先)A社に1500万円を払う義務がある会社

あなたは、A社(債務者)に代わって、C社(第三債務者)に「A社への売掛金1000万円分を自分に直接支払え」と請求できるのです。

💡 事実上の「優先弁済」が認められるカラクリ

債権者代位権を行使してC社からお金を受け取ると、そのお金は「A社(債務者)への返済」と「あなたへの貸付金」を相殺することで、最終的にあなたの手元に残ります。

この相殺ができるため、他の債権者がA社の資産(C社への売掛金)を差し押さえるよりも早く回収でき、実質的に優先して弁済を受けたのと同じ効果が得られるのです。

🚨 「待ったなし」の回収に必要な3つの要件

債権者代位権は強力な手段ですが、無制限に行使できるわけではありません。以下の3つの重要な要件を満たす必要があります。

要件1:債務者が「無資力」であること(回収の必要性)

「債務者の無資力」とは、債務者が自力で返済できる資産(財産)を他に持っていない状態を指します。

債務者にまだ十分な資力があるにもかかわらず、債権者代位権を行使して債務者の資産を勝手に処分することは認められません。

※ただし、金銭請求権以外(登記請求権など)の場合は、無資力である必要がないケースもあります。

要件2:あなたの債権が「期限が到来している」こと

あなたが債務者A社に対して持っている債権(貸付金1000万円)の返済期限が到来していることが必要です。

期限が来ていない「期日前」の債権では, 原則として行使できません(ただし、時効の中断などの「保存行為」は可能です)。

要件3:権利が「一身専属権・差押え禁止の権利」ではないこと

債務者(A社)が持っている権利(C社への売掛金)が、その人固有の権利(一身専属権:例、生活保護を受ける権利)や、差押えが法律で禁止されている権利であってはなりません。売掛金や不動産の所有権などは、通常、これに該当しません。

🔍 改正民法で整理された実務上の重要論点

債権者代位権の規定は、判例中心だった旧法から、改正民法でより明確に整理されました。

① 権利の行使は「あなたの債権額の範囲内」

債権者代位権を行使する範囲は、あなたの債権額が限度となります(民法423条の2)。

(事例)あなたの債権:1000万円、A社のC社への売掛金:1500万円
→ あなたが請求できるのは、1000万円までです。(残りの500万円はA社に残ります)

② 裁判外での行使が可能

債権者代位権は、裁判を起こさなくても、債務者や第三債務者に対して意思表示を行うことで行使が可能です。

実務上は、内容証明郵便などを利用して、第三債務者(C社)に対し、債権者代位権を行使する旨と、債務者(A社)への支払いを停止し、あなたへ直接支払うよう求めるのが一般的です。

③ 債権者に直接引き渡しを請求できる(事実上の優先弁済の明文化)

改正民法423条の3により、あなたが第三債務者(C社)に請求する際、「あなたに直接支払うこと」を求めることができると明文化されました。

C社があなたに支払えば、その分のC社のA社に対する売掛金債務は消滅します。これにより、先述の「事実上の優先弁済」の仕組みが法的に確立されたのです。

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

― 回収の現場の鉄則:「スピード」と「協力体制」

債権者代位権は、裁判なしで使える点や、時効の完成猶予(時効の進行を止める効果)がある点で非常に強力ですが、実務の現場では、その成功率を左右するポイントがいくつかあります。

1. 回収の成否は「第三債務者の協力」にかかっている

第三債務者(C社)の社長が、債権者と知り合いで、回収に協力的な態度を示してくれるか否か、それが成功の鍵となります。

なぜなら、債権者代位権の通知を受けても、第三債務者が「債務者に資力があるはずだ」「要件を満たしていない」と主張すれば、最終的には裁判で要件を証明しなければならないからです。協力が得られない場合、回収は極めて困難になります。

2. スピード勝負!「差押え」との競争

債務者が倒産寸前の場合、他にも多くの債権者が存在します。彼らも売掛金などの資産を狙って、裁判を起こしたり、差押え(仮差押え)の準備を進めているでしょう。

債権者代位権を行使しても、他の債権者による差押えの方が優先されます。そのため、事実上の優先弁済を確保するためには、誰よりも早く債権者代位権の意思表示を行い、回収手続きを進めることが、何よりも重要です。

貸し倒れリスクを回避し、あなたの会社を守るためにも、「焦げ付き」の情報を掴んだら即座に行動に移す。その手段の一つとして、この債権者代位権を有効活用してください。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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