令和7年4月24日神戸家庭裁判所伊丹支部/令和5年(家ホ)37号

🕊️ 「あのとき、ランドセルが蹴られた」
夕方の光が、部屋のカーテンの隙間から差し込んでいた。
ランドセルを片づけようとしたとき、母の声が響いた。
「いいかげんにしろよ。」
怒鳴り声とともに、ランドセルが床を滑った。
蹴られたわけではない。けれど、あの音が今も耳から離れない。
母は涙を流していた。
「ママがいない方がいいの?」と聞かれ、
どう答えていいか分からず、「うん」と言ってしまった。
その瞬間、世界が音を立てて崩れた気がした。
それからというもの、母はよく怒鳴るようになった。
「出ていけ」「顔を見ると気が狂いそう」――。
何かが壊れていくたびに、胸の奥が冷たくなった。
机の上のドリルは次々と積み重なり、
母は「これもやりなさい」と言っては、新しい問題集を渡した。
夜、眠れないまま、妹の寝息だけを聞いていた。
ある日、父が言った。
「しばらく、別のところで暮らそう。」
その言葉を聞いたとき、不思議と涙は出なかった。
怖さよりも、静けさの方が大きかった。
――もう怒鳴られない。
――もう、あの音を聞かなくていい。
けれど、心のどこかでわかっている。
母は病気で苦しかったのだと。
それでも、あの家に戻りたいとは思えなかった。
三年半が経った今も、母からの手紙は届く。
封筒を開ける手が震えるのは、
あのときの音がまだ胸の奥で鳴り響いているからだ。
2025年4月24日、神戸家庭裁判所伊丹支部が下した判決は、「別居の長期化」「子の明確な意向」「有責配偶者の抗弁」といった、離婚訴訟における主要な論点を網羅するものだった。
本件は、夫婦間の深刻な不和に加え、子どもたちの強い意思表示が裁判所の判断を左右した典型例といえる。
📌 本記事の冒頭ストーリーは、実際の判例を参考に再構成したフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
⚖️ 裁判の基本情報
事案名:離婚等請求事件
裁判所:神戸家庭裁判所伊丹支部
判決日:令和7年4月24日(令和5年(家ホ)第37号)
当事者:原告(夫)X / 被告(妻)Y
結果:
- 原告と被告の離婚を認める。
- 長女(A)・二女(B)の親権者は、いずれも 原告(夫) と定める。
- 被告(妻)は原告に対し、養育費として子らが22歳に達した後の最初の3月まで、子一人あたり月額2万5,000円(合計月額5万円)を支払う。
- 訴訟費用は被告の負担とする。
📅 事案の概要:何が問題となっていたか
この事件は、元々職場の同僚だった夫婦が、妻(被告)の体調不良とそれに伴う夫婦間の不理解、そして子らへの対応をめぐり、婚姻関係が破綻したものです。
🩺 妻の体調不良と家庭内別居
妻(被告)が体調を崩し、うつ病と診断され入院・療養を経験。
夫(原告)は妻の病状への理解が不十分であり、妻も回復途上で子らに過度な関わり方をしてしまい、夫婦間に深い溝ができた。
🏠 別居の開始と長期化
令和3年7月に夫(原告)が子らを連れて自宅を出て別居を開始。
本判決時までに約3年半の長期にわたる別居が続いていた。
👧 子の意向
子らは家庭裁判所調査官の調査に対し、明確に被告(妻)との面会や同居を拒否し、原告(夫)との安定した生活継続を強く望んでいた。
⚔️ 有責性の主張
被告(妻)は、夫(原告)の病気への無理解や、自身を遺棄して別居したことが破綻の原因であるとして、「悪意の遺棄」による有責配偶者の抗弁を主張した。
⚖️ 裁判所の判断のポイント
① 離婚原因(民法770条1項5号)の有無
裁判所は、夫婦間の長期間にわたる不和の経緯と、別居期間が約3年半に及んでいる事実を重視しました。
特に、子らが被告(妻)との関係修復を拒否し続けている状況を考慮し、「子らも含めた家族関係を再構築することは著しく困難」と判断。
そのうえで、「婚姻を継続し難い重大な事由」が存在すると認め、離婚を命じました。
② 有責配偶者の抗弁について
被告(妻)は、病気の自分を置いて別居した夫(原告)こそが有責配偶者であり、離婚請求は認められるべきでないと主張しました。
しかし裁判所は次のように述べました。
- 妻(被告)の病状悪化は、子らを置いて実家に戻ったことによる自責の念が主因であり、夫(原告)の言動のみによるものではない。
- 夫(原告)が子らを連れて別居に至った背景には、精神的に不安定な妻(被告)による子らへの不適切な言動や、夫婦・親子関係の悪化があった。
これらの事情から、夫(原告)の行動は「悪意の遺棄」に当たるほど社会的・倫理的に非難されるものではないとしました。
③ 親権者の指定
子の利益を最優先する観点から、以下の事実を重視し、親権者を 原告(夫) に定めました。
- 別居開始(約3年半前)以降、子らを監護してきたのは原告(夫)であり、その生活は安定している。
- 子らがいずれも被告(妻)との面会や同居を拒否し、原告(夫)との生活継続を強く望んでいる。
④ 養育費の算定
夫婦双方の収入(夫:年収約794万円、妻:年収約571万円)を考慮し、養育費算定表に基づいて判断しました。
算定額は月額4万〜6万円の中位にあたる 月額5万円(子2人分) とされました。
一人あたり月額2万5,000円です。
支払期間は、双方の収入が高水準であることから大学進学が十分想定され、子らが22歳に達した後の最初の3月までと長期に設定されました。
🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点
【親権争いの真実】「別居の長期化」と「子の意向」は、母の愛情に勝る最強の証拠である
この神戸家裁伊丹支部の判決は、親権争いにおける「感情論の限界」と「法の冷徹な原則」を明確に示した、極めて重要な事例です。
妻の病状と、それによる家庭内の不和は、確かに悲劇的です。
しかし、裁判所が親権者を決める際、最も重視するのは「どちらの親がより愛情深いか」という感情ではありません。
重視するのは、「子どもの安定した生活を誰が継続できるか」という現実、そして「子どもの意思」です。
長期間にわたる別居(3年半)と、家庭裁判所調査官の前での子らの明確な拒否。この二つが揃った時点で、母親の愛情や病状の回復努力という主張は、子の利益の前には通用しないという厳しい現実を突きつけられたのです。
🚨 裁判所が示す3つの決定的な教訓
📌 親権争いの「最強の証拠」は監護の安定性
子が一旦、一方の親のもとで安定した生活を送った場合、その安定性を覆すことは極めて困難になります。子の年齢(おおむね10歳以上)であれば、その「同居拒否の意思」は親権決定の決定的な要素となります。「元の家に戻したい」という親の願望は、子の強い拒否という揺るぎない事実の前では、法的に無力化されます。
📌 有責配偶者の抗弁は「大義」の前に崩れる
夫が病気の妻を置いて子を連れ出した行為は、形式的には「遺棄」に見えかねません。しかし、裁判所は、夫の行動が**「精神的に不安定な妻による不適切な言動から、子を保護する」という明確な大義に基づいていると認定しました。単なる「夫婦間の不理解」や「病気への無理解」では、「悪意の遺棄」という有責性には当たらず、離婚請求は妨げられない**という境界線が示されました。
📌 高収入世帯は「22歳まで」が義務の時代へ
夫婦双方が高い収入を有する世帯において、養育費の終期が**「22歳の3月まで」**とされたことは、親の経済力が子の教育レベルを保証するという、法的義務の延長線を意味します。高収入家庭の親は、「成人まで」という従来の原則に固執せず、大学卒業までの経済的責任を負うことが、もはや常識となりつつあります。
🚨 離婚は「別居初日」から始まる戦略である
離婚と親権を争う戦いは、裁判所への申立日から始まるのではありません。
それは、あなたが「別居」という行動を起こしたその日から始まっています。
「子の安全な生活の継続」という揺るぎない実績と、「子の真の意向」という客観的な証拠を、別居開始時からいかに集め、維持し続けたか。
この判決は、感情的な不和を乗り越え、戦略的な別居と監護実績を積み重ねた親が、子の最善の利益という名のもとに、最終的な勝利を収めた事例なのです。
離婚を考えるなら、今すぐ「子どもの生活安定」という、弁護士と共有できる最強の証拠作りに取り組んでください。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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