「業務委託」のはずが労働契約?──キャバクラ判決から学ぶ、労働者性の“リアル”

💬「あの時間は、なかったことにされるんですか?」
静かな相談室。
女性は細い指でハンドバッグのファスナーをいじりながら、俯いたまま言った。
「……ちゃんと働いてました。週5で。お店のシフトに合わせて、遅刻しないように通って、指名も取って、売上だって……」
声がかすれる。
弁護士は、メモ帳にゆっくりとペンを走らせながら、彼女の言葉を遮らずに聞いていた。
「でも……契約書には“業務委託”って書いてあるんです。個人事業主って。だから、給料も保証されないって……」
彼女は、自分が“誰にも雇われていなかったこと”にされていることに、戸惑っていた。
「それって、本当に正しいんでしょうか? だって……店のマネージャーがシフト決めてたし、遅刻したらペナルティあって……」
弁護士は、書きかけのメモから顔を上げた。
目はまっすぐ、しかしやわらかく、彼女を見つめた。
「“どう書いてあるか”より、“どう働いていたか”の方が重要です」
彼女が、少し目を見開いた。
「個人事業主とされていても、実際にシフト管理されていたり、時給制だったり、労働時間に拘束されていたのなら、それは“労働者”です。労働契約があったと認められる可能性は高い」
「……でも、税金って言われて、10%引かれてました。あと、終電後まで働いた日も、深夜手当なんて……」
弁護士は静かにうなずいた。
「労働者であるなら、それも労基法違反になります。未払い賃金の請求は可能です」
女性は、黙って両手を重ねた。
小さく揺れるその肩に、積もった時間の重みが宿っているようだった。
「……じゃあ、あの何年も、お店で過ごした時間は……なかったことにされるわけじゃ、ないんですね」
弁護士は、頷いた。
「取り戻せます。法の力で、あなたが働いた時間の価値を──」
⚖️『業務委託』が『労働契約』に?──キャバクラ判決から学ぶ、フリーランスの『労働者性』を巡る現実
2025年6月、東京都内のキャバクラで勤務していた女性キャストが未払い賃金を求めた訴訟において、東京地裁は「労働契約の成立」を認め、店側に約2,000万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。
店側は「業務委託契約を結んでいた」と主張していましたが、実際にはシフト管理や時給制などの勤務実態があり、裁判所はこれを「労働者」と判断したのです。
この判決は、キャバクラやナイトワーク業界にとどまらず、フリーランスや業務委託契約のあり方全体に一石を投じるものといえるでしょう。
❓ なぜ「業務委託」では通用しなかったのか
判決の決め手となったのは、以下の実態です。
- 店側がシフトを決定し、勤務時間を拘束
- 報酬は「時給制」で支払い
- 「税金」などの名目で報酬から一方的に10%を控除
- 深夜勤務に対する割増賃金が未払い
これらを総合して、裁判所は「店の指揮監督下で就労していた実態があり、労働契約に該当する」と判断しました。
📘 労働者とは?──法律上の定義と判断基準
労働基準法第9条の定義
「労働者とは、職業の種類を問わず、事業または事務所に使用され、賃金を支払われる者をいう」
この定義のもと、裁判所が「労働者性」を判断する際の基準は、主に「使用従属性」にあります。
🔍 使用従属性の判断ポイント
- 指示を断る自由があったか
- 業務の遂行方法の自由度
- 勤務時間・場所の拘束の有無
- 他者による業務代替の可否
- 報酬が労務の対価として支払われているか(労務対償性)
- 特定事業者への専属性が高いか(副業・兼業の自由度)
→ 「雇用か業務委託か」は契約書のタイトルではなく、実態から総合的に判断されます。
💰 賃金支払いの原則と控除の違法性
今回の裁判では、「税金・交通費」の名目で報酬を控除した行為について、労働基準法24条の「賃金全額払いの原則」に違反するとして、控除は無効とされました。
💡労基法24条|賃金支払いの五原則
- 通貨で支払うこと
- 本人に直接支払うこと
- 全額支払うこと
- 毎月1回以上支払うこと
- 一定期日に支払うこと
この原則により、企業が一方的に賃金から金額を差し引くことは、法令や就業規則に基づく正当な理由がない限り許されません。
📚 実務で参考になる過去の判例
今回のキャバクラ事件と類似の事例は、過去にもたびたび裁判で争われています。
🟣 ファーストシンク事件(大阪地裁令和5年4月21日判決/労判1310号)
男性アイドルグループのメンバーが、マネジメント会社との契約に基づき活動していた事案。
- 「知名度向上のため、基本的にすべての仕事を受ける」という暗黙のルール
- 活動スケジュールは運営側が決定
- 200万円の違約金条項が存在
- 月額固定報酬制(生活保障的性格)
➡ 指揮命令関係が明確で、雇用と変わらない実態が認定され、「労働者性」ありと判断。違約金条項は労基法16条違反で無効とされた。
🟣 第三相互事件(東京地裁平成22年3月9日判決/労判1010号)
クラブで働いていたホステスが、報酬控除の違法性と労働者性を争った事案。
- 出退勤の厳格管理(タイムカード+罰金制度)
- 美容院への出向指示や“強制出勤日”など、就労の自由度なし
- 接客内容も細かく指示
- 「売上に連動した報酬」とされながらも、固定額の保証あり
➡ 罰金による強い拘束力と、生活の基盤を店に依存していた実態から「労働者性」を認定。
🚨「うちは業務委託だから大丈夫」は通用しない
フリーランス、ナイトワーク、エンタメ業界、IT・配送業…
どの業界であっても「契約上は業務委託」という言葉が通用するとは限りません。
以下に当てはまると、実態から“労働契約”と判断されるリスクがあります。
- 指示・管理の度合いが強い
- 時間や場所の拘束あり
- 支払いが時給・日給など時間単位
- 遅刻や欠勤にペナルティがある
- 業務代替が不可
🧩 実務への影響と企業リスク
本件のように、「業務委託契約=労働法の外側」と考えていたつもりが、実態から労働契約と認定されてしまえば、
- 未払い賃金・割増賃金・残業代の請求リスク
- 労災保険・雇用保険・社会保険未加入問題
- 懲戒・解雇手続の法的無効リスク
- 過去数年分の遡及請求による財務負担
などが一挙に顕在化します。
とくに夜職・飲食業界、IT業界、配送業界などで多用される「業務委託モデル」には要注意です。
🧭 雇用か業務委託か──形式と実態の整合性が重要
「契約書さえ業務委託にしておけばOK」な時代は、もう終わりました。
企業は以下の点検を。
- 実態と契約内容の整合性
- シフト管理・業務指示の見直し
- 社会保険対応の再確認
- 労務リスクの早期相談
また、労務リスクが懸念される場合は、弁護士や社労士への早期相談が賢明です。
✍️ まとめ
形式よりも、実態が問われる時代です。
キャバクラ事件は、「労働者性」が紙の契約書ではなく、現場での働き方そのもので決まることを私たちに教えてくれます。
今の契約が、本当に働き方に即したものか――
“契約”と“現実”のズレを放置していないか、今こそ見直しのときです。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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