🎰 オンラインカジノ事件が問う「企業秩序」と私生活の境界線

「パパがテレビに出てた」──娘が見た崩壊の一日

教室の空気が変わったのは、昼休みだった。スマホを見ていた友達が、小さく息をのんだ。
すぐに別の子が画面を覗き込んで──
次の瞬間、わたしの名前が小声でささやかれた。

「ねぇ……これって、○○ちゃんのパパじゃない?」

見せられたニュースサイトには、見覚えのある名前。そして、信じたくない言葉が並んでいた。

「○○テレビ社員を常習賭博容疑で逮捕」
「オンラインカジノで1億7千万円を賭けた」
「会社への虚偽説明、懲戒処分後も継続」

目の前が、ぐにゃりと歪んだ。声も出なかった。

家ではあまりしゃべらない人だったけど、わたしの誕生日にはケーキを買って帰ってきてくれた。
お仕事の話は難しくて分からなかったけど、「パパ、テレビ作ってるんだぞ」って笑ってた。
わたしは、それがちょっと誇らしかった。

でも、今テレビに映ってるパパは、番組を作る人じゃなくて、ニュースに“出てる”人だった。

帰宅しても、リビングは静かだった。ママは無言で洗濯物を畳んでいた。
わたしのスマホには「大丈夫?」のLINEがいくつも届いていた。

何が“だいじょうぶ”なのか分からなかった。

パパが何をしてたのか、本当は何に巻き込まれていたのか、まだ全部は分からない。
でも──

あの笑った顔も、あの日くれたケーキも、わたしは全部、ウソだったとは思いたくない。

「企業秩序」と私生活の境界線

2025年6月、フジテレビ社員が常習賭博の疑いで逮捕され、社会に大きな波紋を広げました。

オンラインカジノへの1億円超の入金、社内調査での虚偽説明、処分後も続けられた利用──
メディア企業の信頼が揺らいだ瞬間でもあります。

この一件が私たちに投げかけている問いは、単なる「違法ギャンブルの是非」にとどまりません。
問題の本質は、従業員の私的行為がどこまで企業秩序と結びつくのかという、非常にデリケートな法的・倫理的テーマにあります。

⚖ 法的に、オンラインカジノは「アウト」です

まず前提として、日本国内からオンラインカジノにアクセスし賭博行為を行うことは、刑法185条・186条により違法(賭博罪・常習賭博罪)です。

「海外のサイトだから大丈夫」「海外で運営されているから合法」と思っている人もいるかもしれませんが、それは明確な誤解です。

たとえ海外のサービスを利用していても、日本国内からアクセスすれば日本の法律が適用され、完全に違法行為となります。

鈴木容疑者が利用していた「エルドアカジノ」も、日本のアクセス遮断対象サイトであり、近年多くの逮捕者が出ている、いわゆる“典型事案”です。

インターネット環境さえあれば誰でも簡単にアクセスできるため、軽い気持ちで始めてしまうケースもありますが、これは決して「グレーゾーン」ではなく、完全に「ブラック」であると認識すべきです。

🏢 懲戒処分の境界線──「私生活だから自由」は通用しない?

では、今回のような私的行為が、企業にどのような影響を与えうるのでしょうか?
会社としての対応は、その行為が「業務中」か「業務外(私生活)」かによって判断が分かれます。

✅ 業務中にオンラインカジノをしていた場合

  • 明確な職務専念義務違反
  • 懲戒処分(けん責・減給・出勤停止など)の正当性が非常に高い

✅ 業務外(私生活)でオンラインカジノをしていた場合

原則として私的な行動ですが、以下のような場合には処分の対象になることもあります:

  • 逮捕報道などで会社名がメディアに掲載された
  • 会社の信用・名誉に著しい損害が生じた
  • カジノ資金欲しさに会社のお金を横領した
  • 借金トラブルで業務に支障をきたした

つまり、企業秩序に重大な悪影響があるかどうかが懲戒処分の判断基準です。

裁判例でも、こうした「企業イメージ毀損型」の懲戒処分は一定の合理性をもって認められています
(最判昭49.3.15、東京高判平15.12.11など)。

ただし、オンラインカジノをしていたという事実だけで懲戒解雇は難しいのが現実です。
懲戒解雇が視野に入るのは、横領や深刻な信用失墜が生じたケースです。

🧩 組織内拡散の責任──上司が部下に“オンラインカジノ”を勧めたら?

このケースがさらに深刻なのは、当該プロデューサーが
「先輩からの紹介」でオンラインカジノを始めたと供述している点です。

さらに、自身も後輩アナウンサーに勧めていたとされ、企業内で違法行為が“感染”していた可能性も。

ここで問われるべきは、企業内の倫理風土や、通報制度の機能不全です。

もし初期の段階で周囲が通報・指導できていれば、こうした組織的リスク拡大は防げたかもしれません。
これは個人の問題だけでなく、組織としてのリスク管理の問題でもあります。

🛠 就業規則は、この事態に耐えうるか?

この事件を通して、あらためて問われるのは──
「今の就業規則で、企業秩序は守れるのか?」

たとえ私生活であっても、以下のような条項を明記しておくことで懲戒対応の根拠とすることができます。

企業の社会的評価を著しく損なう行為

  • 刑法に違反する行為
  • 社内外の関係者への不適切な影響を与える行為

さらに、次のような制度の整備も重要です:

  • 匿名通報制度
  • 早期相談窓口の設置

就業規則の整備は、リスクを未然に防ぐ最大の盾です。

🧭 最後に──「私生活の自由」と「企業人としての責任」は両立しうるのか?

現代の働き方において、社員のプライベートと企業秩序の境界線はあいまいになっています。

しかし、その曖昧さを逆手に取った行為が企業に損害をもたらしたとき、
そこに“処分の正当性”が生まれます。

今回の事件は、単なる「賭博の摘発」ではなく、
「私生活と職業倫理の接点」を考え直す契機にすべきものです。


🔍 あなたの会社では、こうした事態に対応できる準備ができていますか?

就業規則、通報制度、倫理教育──
今こそ、足元を見直すタイミングかもしれません。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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