
✍️ 「線を引くのは、私たちなんでしょうか」
窓口で、高齢の男性が静かに書類を見つめていた。
指先は震え、目はうまく焦点を合わせられずにいる。
隣にいたヘルパーが代筆しようとしたそのとき、男性がぽつりとつぶやいた。
「介護じゃ、できないんです。今までの支援が、必要なんです」
……わかっている。
私は、彼がどれだけの不便と向き合ってきたかを、少なくとも書類上では知っている。
だけど、制度は変わらない。
65歳を過ぎたその日から、障害者総合支援法ではなく、介護保険法が優先される。
支援の枠は狭くなり、利用料の自己負担も重くなる。
「申し訳ありませんが、これは国の制度でして……」
その言葉を口にするたび、少しずつ自分の声が他人のように聞こえるようになった。
私は、ただの窓口係なのか?
それとも──誰かの生活を「切る」ために、ここにいるのか?
「制度の狭間に落ちる人を、どうすれば拾えるのか」
その問いは、未だに私の中で答えを持たないままだ。
※本記事の冒頭ストーリーは、実際の事件をもとにしたフィクションです。
実在の人物・団体を直接描写するものではなく、当事者の心情に想像を交えて構成しています。
⚖️ 障害者介護、65歳で自己負担増…不合理なのか?
2025年7月17日、最高裁判所第1小法廷(岡正晶裁判長)は、脳性まひの障害を持つ男性(76歳)が千葉市を相手取り起こした訴訟について上告審判決を言い渡しました。
争点は、
「65歳を境に介護サービスの制度が切り替わることの妥当性」
65歳以前に障害者総合支援法により自己負担なしで受けていたサービスが、65歳以降は介護保険法に切り替えられ、自己負担が発生する。
この切替えが適法か否かが問われ、ついに最高裁が初判断を示しました。
📘 法文構造と最高裁判断の根拠
障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律
(他の法令による給付等との調整)
第七条 自立支援給付は、当該障害の状態につき、介護保険法(平成九年法律第百二十三号)の規定による介護給付、健康保険法(大正十一年法律第七十号)の規定による療養の給付その他の法令に基づく給付又は事業であって政令で定めるもののうち自立支援給付に相当するものを受け、又は利用することができるときは政令で定める限度において、当該政令で定める給付又は事業以外の給付であって国又は地方公共団体の負担において自立支援給付に相当するものが行われたときはその限度において、行わない。
この条文に基づき、最高裁は
- 介護保険を優先すべきという立法の意図は明らか
- 制度設計として「65歳での切替え」は原則妥当
と判断しました。
💰 65歳の壁──制度の谷間に立たされる高齢障害者
この問題は、「65歳の壁」として長年議論されてきました。
- 40〜64歳は介護保険の第2号被保険者とされ、障害者総合支援法との併用が可能
- 65歳を境に、介護保険への一本化と自己負担増が原則に
これにより、若年期から障害と向き合ってきた人々が、制度変更により支援継続が困難になるケースが発生しています。
「長年の生活スタイルを支えてきた支援が、65歳を超えたその日から“別物”になる」
その非連続性が最大の問題です。
🔍 最高裁は「介護保険優先」を認定──ただし差し戻しへ
最高裁は原則論として「介護保険優先」を明言しつつ、以下の点を指摘しました:
「要介護認定がなくても、どの程度のサービスが必要であったかを検討すべき」
「千葉市は、その判断を尽くしていない」
つまり、原則はあっても、個別事情への配慮を欠いた対応は認められないということです。
このため、二審判決を破棄し、高裁への差戻しが命じられました。
❓ 問われる制度の公平性──「高齢者かつ障害者」の視点
障害者総合支援法は、就労支援や医療的ケアなど多様な生活支援を内包します。
一方、介護保険は「高齢者の身体介護」が中心で、内容が画一的になりがちです。
そのため、障害者の多様なニーズに応えきれない、という声があがっています。
さらに、介護保険は原則1~3割の自己負担が生じるため、経済的負担の急増という別の壁も存在します。
💡 今後への示唆──法改正と自治体の役割
今回の最高裁判決は、制度運用に対し一律対応からの脱却を迫るものでした。
立法・行政への示唆としては、次のような提案が考えられます:
- ✅ 障害者総合支援法の年齢制限緩和
- ✅ 介護保険制度との調整・併用メカニズムの整備
- ✅ 障害特性に応じた柔軟対応を保障する制度改革
- ✅ 各自治体における個別判断と説明責任の強化
「制度のすき間に落ちる人」を、これからどのように拾い上げるのか。
その姿勢こそが、行政・立法・司法それぞれに問われています。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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