👶 子どもの未来を守るために

「先生……離婚のとき、養育費は月2万円で合意しました。」
相談者の元妻は、書類のファイルを握りしめながら声を落とした。

「でも……生活がとても苦しいんです。物価も上がって、食費や光熱費もかさむばかりで。」
言葉をつなげるうちに、目尻が赤く染まっていった。

「子どもも大きくなって、塾や学校にかかる費用が増えてきました。どうしても、2万円では足りないんです。」

彼女は深呼吸をしてから続けた。
「元夫も収入が増えていると聞きました。私は逆に体調を崩して、以前のように働けなくなってしまって……。この状況で、いまの額のままでは子どもにしわ寄せがいくんです。」

机の上に置かれた離婚協議書のコピー。
その「月額2万円」の文字を、彼女は恨めしげに見つめた。

「協議書に書いた以上、もう変えられないんじゃないかって……でも、どうしても諦められなくて。」
声が震えた。

私は資料をめくり、落ち着いた声で伝えた。
「大丈夫です。養育費は“事情が変われば”見直すことができます。子どもの成長、生活費の高騰、双方の収入の増減――まさに今のお話は、その典型的な事情変更にあたります。」

その言葉を聞いた瞬間、彼女の瞳に涙がにじんだ。
不安と緊張で押しつぶされそうだった胸に、初めて希望の灯がともったようだった。


📌 本記事の冒頭ストーリーは、実際の審判を参考に再構成したフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

📘 事件の概要

ご相談の事案に近しい事件として、最近、横浜家庭裁判所小田原支部(令和5年8月10日審判)と東京高裁(令和6年11月21日決定)で判断が示されているため、本事案の裁判所の判断を紹介します。事件の概要は下記のとおりです。

  • 離婚時の私的な離婚協議書で、父が母へ「月2万円」を支払うと合意。
  • その後、支払いが滞り、母が養育費の増額を申立て。
  • 一審(家裁)は月3万2,000円に、控訴審(高裁)は月3万1,000円に。それだけでなく、起算時点の考え方も変わりました。

✅ 結論サマリ

一審(横浜家裁小田原支部・令和5年8月10日審判)

  • 月額:3万2,000円
  • 遡及:調停申立て時(令和4年9月)から(既に到来した11か月分=35万2,000円を一括支払い)
  • 法的構成:協議書は債務名義でない → 「合意の変更」ではなく、一般の養育費審判として新たに額を定める立て付け。

控訴審(東京高裁・令和6年11月21日決定)

  • 月額:3万1,000円(改定標準算定方式で精緻に再試算)
  • 遡及:事情変更がすべて出そろった時(令和4年12月)から(令和4年12月〜令和6年10月=23か月分71万3,000円を一括支払い、以後は毎月3万1,000円)
  • 法的構成:離婚協議の合意後の事情変更(民法880条)を認め、「合意の額そのものを変更」するという枠組みに修正。
  • なお、合意どおりの未払分を求めるなら家事審判ではなく民事訴訟で、という整理も明示。

🔍 一審のポイント(横浜家裁小田原支部)

  • 協議書は私文書で債務名義なし → 「合意の変更」というより、通常の養育費審判として算定。
  • 改定標準算定方式で試算:
     母:傷病手当年156万円 → 基礎収入69万円
     父:同居当時の月収等から稼働能力を推認 → 総収入330万円 → 基礎収入139万円
  • きょうだい関係・生活費指数も織り込み、月3万2,000円。
  • 起算時点は、実務の定番どおり調停申立て月(R4.9)に。

家庭裁判所は、当事者間の離婚協議書を「公正証書」などの債務名義にしていなかった点を重視しました。
そのため「合意の額を変更するかどうか」ではなく、「改めて養育費を算定する」立場をとりました。
つまり「協議書は参考程度。いまの収入や生活状況から適正額を算定します」という判断でした。


🔍 控訴審のポイント(東京高裁)

  1. 法的枠組みを合意の変更(民法880条)へ
    合意後の“事情変更”を具体的に認定:
    • 父の100万円借入れ完済
    • 第3子の出生
    • 母の就労・傷病手当
    • 父の就労・収入の増加(R4.12〜月32万円)
    → 当初合意の2万円は実情に合わず相当性を欠く → 合意の額を変更(月3万1,000円)と判断。
  2. 算定の中身を精緻化
    • 母の傷病手当は職業費を要しない点を踏まえ給与収入へ換算
    • 父はR4.12以降の実収入(月32万円)で基礎収入化
    • きょうだいの生活費指数は他方親の収入不明時は1/2負担で按分
      → 結果、月3万1,000円に。
  3. 始期の考え方を変更
    • 変更の始期は「請求時」ではなく、全事情変更がそろった時点(R4.12)とするのが相当。
    • よってR4.12〜R6.10の23か月=71万3,000円を一括、その後はR6.11から月3万1,000円。
  4. 合意の未払分は民事訴訟で
    • 本件手続(家事審判)は変更後の額を定める場。
    • 変更前の合意額の未払分を回収したいなら、民事訴訟でという手続選択を明示。

東京高裁は、「離婚協議書に基づく合意も尊重すべき。その後の事情変更があれば、民法880条に基づき額を見直せる」と判断しました。
つまり「協議の存在を前提に、事情が変わったから額を修正する」という整理をしたのです。


⚖️ 一審と控訴審の「ズレ」はどこから?

論点一審(家裁)控訴審(高裁)
法的構成合意は債務名義でない → 新規に養育費を定める民法880条の事情変更で合意額そのものを変更
月額3万2,000円3万1,000円(換算・按分を厳密化)
遡及・始期調停申立て月(R4.9)事情変更が出そろった月(R4.12)
未払分の扱い(示し方に限界)合意どおりの未払分は民事訴訟で回収を示唆

🧭 相談者へのアドバイス

このケースから分かるポイントは次の通りです。

  • 離婚協議書に書いた養育費額も、後から変更できる
     ただし、収入の変化や子どもの生活状況など「事情の変更」が必要です。
  • 裁判所によってアプローチが異なる場合がある
     一審は「協議書は参考程度」、高裁は「協議を前提に事情変更を判断」と整理しました。
  • 始期(いつから増額か)が大きな争点になる
     調停申立時からか、事情変更が生じた時からか――裁判所の判断によって支払額が数十万円単位で変わることもあります。

✍️ まとめと実務的視点

養育費は「一度決めたら終わり」ではなく、生活状況や収入が変われば見直しが可能です。
ただし、どの時点から変更されるのか、未払い分をどう扱うかは裁判所の判断に左右されます。

👉 実務的には、高裁が示したように「当初の合意を尊重しつつ、事情変更を理由に修正する」という枠組みが今後の基本線になると考えられます。

困ったときは「協議書があるから無理」と諦めず、弁護士に相談してみてください。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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