令和7年9月26日仙台地方裁判所/令和6年(ワ)115号 損害賠償請求事件

🌙 影が伸びる部屋で、決意だけが残った

朝になっても、部屋はなかなか明るくならなくなった。カーテンを開けると、向かいに建った銀行の建物が、空を塞ぐように立っている。
以前は、冬でも日差しが入った。その光だけで、少し暖房を弱めることもできたし、何より気持ちが違った。
今は、朝から電気をつけ、暖房を入れる。光熱費の請求書を見るたび、胸の奥に小さな苛立ちが積もっていく。

銀行に相談に行ったとき、返ってきた答えは決まっていた。
「法令の範囲内ですから」

建物は合法だ。日照も、規制の範囲内。違法性はない。
だから補償はできない——そういう理屈だった。
それでも食い下がった。冬場の暖房費が増えていること、生活に実害が出ていることを、数字を示して説明した。何度も足を運び、資料も出した。

それでも提示されたのは、解決金としての三十万円だけだった。
金額よりも、「これ以上は聞くつもりがない」という態度が、心に刺さった。
暗くなった部屋で一人座り、伸びた影を見つめながら思った。
——違法でなければ、我慢するしかないのだろうか。
そうではないはずだ、と思った。暮らしの実感が、机の上の基準だけで切り捨てられていいはずがない。

翌朝も、部屋は暗かった。けれどその暗さの中で、私は決めていた。
——この影の理由を、きちんと問おう。
そう思い、弁護士事務所の扉を叩いた。

※本記事の冒頭ストーリーは、実際の判例をもとにしたフィクションです。
実在の人物・団体を直接描写するものではなく、当事者の心情に想像を交えて構成しています。

⚖️日照権侵害と「受忍限度」をめぐる司法の判断

今回のテーマは、近隣トラブルの多い「日照権侵害」です。 「建築基準法を守っていれば、文句を言われる筋合いはない」──そんな建築主の主張が否定された、仙台地裁の判決(令和7年9月26日)を解説します。

🏛️ 事件の概要

原告(住民A・B)は、閑静な住宅街(第一種低層住居専用地域)に長年住んでいました。 その南側の隣地(商業施設も可能な地域)に、被告(銀行)が2階建ての支店店舗を新築しました。

この銀行の建物は、高さ8.23m。 法律上の「日影規制」の対象(高さ10m超)には当たらないため、建築基準法上は完全に適法な建物でした。
しかし、これによって原告の家は、冬至日に長時間(約5時間)日影になり、暖房費がかさむ、洗濯物が乾かないといった被害を受けることになりました。

💬 争点:法律を守っていれば「白」なのか?

裁判で銀行側はこう反論しました。
 「法令の範囲内で土地を有効活用しただけ。高さも10m以下で規制対象外だ。違法性はない」

しかし、裁判所はこれを退けました。 「公法(建築基準法)を守っているからといって、私法(民法)上の責任がないわけではない」 これが、この判決の最大のポイントです。

⚖️ 裁判所の判断(仙台地裁 令和7年9月26日判決)

裁判所は、この判断を下すにあたり、過去の最高裁判決(昭和47年)を引用し、「受忍限度(我慢すべき範囲)」という基準を示しました。

居宅の日照は、快適で健康な生活に必要な生活利益であるが、南側建物の建築が北側建物の日照を妨げたとしても、それだけで直ちに不法行為が成立するものではない。もっとも、南側建物の建築が、社会的妥当性を欠き、これによって生じた損害が、社会生活一般的に日照の妨げを受ける者において忍容するのを相当とする程度を超えたと認められるときは、当該建築は、社会観念上妥当な範囲を逸脱したものであり、違法性を帯び、不法行為に基づく損害賠償責任を生じさせるものと認めるのが相当である(最高裁昭和47年6月27日第三小法廷判決・民集26巻5号1067頁参照)。

この基準に基づき、本件は「受忍限度を超えた違法な建築」であるとして、以下の損害賠償を命じました。

認められた損害

  • 慰謝料:原告2名あわせて100万円(各50万円)。
  • 調査費用:原告Aが自費で作成した日影図の費用(11万円)。
  • 弁護士費用:上記損害の約1割(計11万円)。

⚠️認められなかった損害

原告らにとって、非常に厳しい判断も下されています。

  • 土地の価値下落(評価損)
    原告Aは「日当たりが悪くなり土地の価値が220万円下がった」と主張しましたが、裁判所は「住み続けている以上、現実に損害は発生していない」として0円としました。
  • 鑑定費用
    それを証明するために作った不動産鑑定評価書の作成費用(約35万円)も、損害とは認められませんでした。

🐯弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

この判決は、原告(住民側)の主張を認めた勝訴判決(一部)ではありますが、手放しで喜べるような甘いものではありません。

原告は、快適な住環境を奪われ、それを証明するために自費で調査を行い、長く苦しい裁判を戦い抜きました。
しかし、認められた慰謝料は一人50万円。請求額の3分の1です。
さらに、最も経済的ダメージの大きい「土地の資産価値の下落」については、賠償が認められませんでした。
鑑定費用などは持ち出しとなり、金銭的には「痛み分け」に近い結果と言えるでしょう。

「裁判で勝っても、奪われた日差しと、失われた平穏な日々は完全には戻ってこない」 これが、日照権訴訟の過酷な現実です。

だからこそ、建築主(今回は銀行)には、もっと早い段階での「配慮」が求められたのです。
法的にセーフだからといって、隣人の生活を無視して建ててしまえば、結果としてこのような泥沼の紛争を招きます。
「少し建物をずらす」「屋根の形状を工夫する」。 設計段階でのそのひと手間が、企業の社会的信用を守り、何より隣人の暮らしを守ることに繋がるのです。

「権利」は、条文の中にあるのではありません。人と人との暮らしの間にあります。 これから家を建てる人、ビルを建てる企業は、図面だけでなく、その向こうにある「隣人の暮らし」にも目を向ける必要があります。
太陽は、誰か一人のものではないのですから。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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