⚖️【再審無罪確定】福井中学生殺害事件──38年越しの冤罪、正義は果たされたのか

✍️「見なかった証拠」──訴追の重圧と沈黙の代償

会議室の蛍光灯が、机上の捜査報告書に白く反射していた。
警察が作成したその一枚の報告書には、こう記されていた。

「〇月〇日放送の『特集ドラマ』について、当該場面は〇月〇日に放送されたものであり、事件当日には該当場面は放送されていないと確認した。」

彼は黙ってページを閉じた。静かな部屋に、紙の擦れる音だけが残る。

目撃者の証言。それは、起訴の柱だった。
「テレビを見た当日、血のついた前川を見た」との供述。
だが、この報告書は、その目撃自体の成立を根本から崩してしまう。
「そもそもテレビが放送されていなかったなら、目撃証言の信用性もなくなってしまう。」

わかっていた。
報告書を提出すれば、証拠のバランスが大きく崩れ、有罪の立証が難しくなることが。
有罪を求めて起訴した以上、後には引けなかった。

「……今さら、立証の根拠を取り下げるのか?」

同席していた上司の言葉がよみがえる。
彼は何も返せなかった。
このまま証拠として提出しなければ、誰も知らずに済むのだと。
そう、信じたかった。

それは怠慢か?いや、保身か?
「正義の実現」のためだと、自らを納得させた。
「裁判官に委ねればいい。最終判断は裁判官が下す。俺たちは、材料を取捨選択しているだけだ。」

しかしそれは、事実の選別ではなく、都合の選別だった。

時が流れた。
再審。開示命令。そして、報告書はついに開かれた。
世間の怒号と、裁判所の「不誠実で罪深い不正」との断罪。

だが、あの日の判断をなかったことにはできない。
報告書を前に沈黙した自分の姿が、今も彼の記憶から離れない。

扉を閉める前、彼は一度だけ、その報告書を見返した。
何も書き加えず、何も消さず、ただ一言、つぶやいた。

「……見なければ、よかったのか」

そうして彼は、証拠の山に沈む机の前から、静かに立ち去った。

※本記事の冒頭ストーリーは、実際の事件をもとにしたフィクションです。
実在の人物・団体を直接描写するものではなく、当事者の心情に想像を交えて構成しています。

🚨“殺人犯”とされた前川さんの闘い

2025年8月1日。
福井中学生殺害事件で無罪が確定しました。

逮捕当時21歳、現在60歳となった前川彰司さん。
事件発生から約40年、服役から20年、再審請求からも20年が経過していました。

「戦いが終わることはありません」

そう語ったのは、福井中学生殺害事件で無罪を勝ち取った前川彰司さん(60歳)。
逮捕当時21歳、あまりに長い年月を“犯人”として過ごしてきました。

🔍 捜査の行き詰まりが生んだ“証言”

1986年、福井市で発生した女子中学生殺害事件。
物証に乏しく、事件から1年後、前川さんが逮捕されました。

決め手とされたのは「血のついた前川さんを見た」という目撃証言。
しかし、それが警察の誘導によって形成されたものであったことが、再審で明らかになります。

証言の根拠とされたテレビ番組は、事件当日には放送されていなかった
その事実を記した捜査報告書は、30年以上も開示されていなかったのです。

裁判所は検察の対応を「不誠実で罪深い不正」と強く非難しました。

📘「無罪」までの長い道のり

1990年福井地裁で無罪判決
1995年名古屋高裁金沢支部で逆転有罪判決・懲役7年
2003年服役終了
2004年再審請求開始
2011年再審開始が一度認められるが、検察の異議で取り消し
2022年2度目の再審請求
2023年再審開始決定
2025年7月再審判決で無罪
2025年8月1日検察が上告断念 → 無罪確定

💡「謝罪なき反省」に正義はあるのか

名古屋高検は「真摯に反省すべき」とコメント。
福井県警本部長も同様の表現を用いました。

しかし──

「前川さんへの謝罪は、現時点で考えていない」

捜査・公判のあり方を「不公正」と認定した再審判決に対し、警察・検察の姿勢は、形式的な反省表明にとどまっています。

「これでよかったと終わらせてはいけない」
――前川彰司さん(記者会見にて)

💰 国家賠償請求と、冤罪の再発防止へ

前川さんと弁護団は、今後、

  • 補償金の請求
  • 国家賠償請求訴訟の提起

を検討しています。

また、前川さん自身が再審制度の法改正を求める活動
を継続していくと表明しました。

冤罪は一人の人生を破壊し、司法制度への信頼をも損なうものです。
その構造に光を当て、制度的な改革を進めることこそが、
同じ過ちの再発を防ぐ唯一の道なのかもしれません。

🧩 被害者は「2人」いた

この事件では、一人の女子中学生が命を落としました。
そしてもう一人、前川彰司さんもまた、冤罪という名の凶器によって、人生を奪われました。

「冤罪でやり玉に挙げられた者として、事件は心の中でずっと続いている」

そう語った前川さんにとって、無罪確定は終わりではなく、ようやくのスタートです。
真の「救済」は、まだ始まったばかりかもしれません。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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