
【ご注意】本記事は、依頼者様からの公開承諾を得た上で、プライバシー保護のため、当事者や特定情報(日付・場所の一部)を匿名化して記載しています。
🌙 家族の信頼と嘘の契約 —— 始まりは「過去の日付が記された一枚の紙」
家族を信じる心が、ある日突然、法廷で問われることになります。
今回ご紹介する事件は、依頼者である弟(原告)が、実の姉(被告)との間で争うことになった建物明渡請求事件です。
弟は、伯父の借金問題を解決し、家族が長年商売を営んできた建物を守るため、正当な売買により建物の所有権を取得し、登記も完了させました。
しかし、姉が提出したのは、弟の登記よりも1年早い「平成14年の売買契約書」。
この「過去の日付が記された一枚の紙」が、弟の正当な権利を覆そうとしたのです。
我々弁護士の役割は、作られた過去の主張に対し、法的な真実をもって反論することにあります。
📝 事件の概要と二重譲渡・取得時効の構造
本件は、一棟の建物の1階部分(店舗)の所有権を巡る争いです。
| 当事者 | 行動 | 日付と帰結 |
| 原告(弟) | 伯父から建物全体を売買で取得 | 平成15年12月 に登記を完了し、所有権を取得。 |
| 被告(姉) | 伯父から1階部分を売買で取得したと主張 | 平成14年12月 の契約書を根拠に、占有の正当性と取得時効の完成を主張。 |
原告は登記を具備しているため、原則として所有権を対抗できます(民法177条)。
これに対し、被告が唯一勝つための武器として持ち出したのが、「取得時効」でした。
🔍 法律構造:時効完成前の第三者への対抗
取得時効が成立すれば、登記がなくとも所有権が認められます。しかし、本件は時効完成前に原告(弟)が登記を取得している特殊な事案でした。
- 時効完成前に第三者(原告)が現れ登記を得た場合、時効取得者(被告)は、登記がなくとも第三者に対抗できる。(判例の原則)
つまり、被告が取得時効を完成させることができれば、原告の登記よりも所有権を優先できるという構造になっていました。
⚔️ 決定的な分岐点:取得時効「10年」対「20年」の真の争点
本件の真の争点は、被告が主張する「取得時効」が「10年」で成立したのか、それとも「20年」必要となるのか、という時効期間の長さにあります。
この分岐点を分けるのは、「占有開始時期」と「善意か悪意か」という過去の事実関係となります。
📅 不動産トラブル:時効完成時期をめぐる時系列表
| 年月 | 原告(弟)の行動/客観的事実 | 被告(姉)の主張と法的帰結 | 当方(原告)の主張 |
| 平成14年12月 | (客観的売買の証拠なし) | 占有開始:この日、伯父から1階部分を売買で取得し、善意無過失で占有を始めた。 | 偽りの契約日:この日の売買契約は存在しない(契約書のバックデート)。占有形態は所有の意思がないもの。 |
| 平成15年12月 | 原告が伯父から建物全体を買取り、所有権移転登記を完了。 | 時効期間進行中(善意・10年)。登記なくして時効完成後に原告に対抗可能。 | 原告が法的に正当な所有権を取得。被告は原告の所有権を認識していたはず。 |
| 平成18年以降 | (給与支払等の事実確認) | 被告が原告の所有権を知りつつ、自主占有を開始したとしてもこの時期。悪意占有。 | |
| 平成24年12月 | 時効完成(10年経過):この時点で、登記なくして原告に対抗できる。 | 時効は成立しない(被告は悪意占有であり、20年が必要)。 | |
| 令和8年 | 取得時効が初めて完成する時期(平成18年+20年)。本件訴訟時には時効は成立していない。 |
被告の「10年時効」ロジック(被告主張)
| 論点 | 被告の主張 | 帰結 |
| 占有開始時期 | 平成14年12月(原告の登記(H15.12)より前) | 自主占有の開始時期が早まる。 |
| 心の状態 | 原告が所有権を取得したことを知らない「善意無過失」 | 10年で時効が成立する。 |
| 結果 | 平成24年に時効完成。原告に勝訴できる。 |
原告の「20年時効」ロジック(当方の主張)
| 論点 | 当方の主張 | 帰結 |
| 占有開始時期 | 平成18年以降。平成14年の売買契約は偽りであり、この時期からしか自主占有は認められない。 | 自主占有の開始時期が遅くなる。 |
| 心の状態 | 原告が不動産を所有していることを知っていた「悪意」 | 20年の時効期間が必要となる。 |
| 結果 | 仮に自主占有が認められても、時効完成は令和8年。本件では取得時効は成立しない。 |
真の争点は、「自主占有の開始時期が平成14年12月か、平成18年以降か」であり、「占有開始時の善意・悪意」という2つの事実認定で本件の勝敗は決します。
🐯 弁護士 佐藤嘉寅の視点:論理が暴いた「作られた過去」の不合理性
法廷での闘いは、論理と証拠の正確な積み重ねに尽きます。
当事務所は、準備書面で徹底的に分析した通り、被告が主張する「平成14年売買」と「善意」が、その後の行動と客観的証拠によっていかに不合理であるか、という一点を追及しました。
感情や憶測ではなく、客観的な事実のみが、法的な真実を証明することができます。
🚨 客観証拠:矛盾を暴いた「登記済保証書」の存在
我々の最初の攻撃目標は、被告による自主占有の開始時期と所有意思の真実性を揺るがすことでした。
そこで注目したのが、一般の不動産取引では馴染みが薄い「登記済保証書」という書類です。
ここで、双方の主張と登記記録上の事実を時系列で整理してみましょう。
- 被告の主張
- 平成14年12月28日:伯父から建物の1階部分を購入したと主張。
- 原告の主張
- 平成15年12月6日:伯父から建物全体を購入する契約を締結。
- 平成15年12月15日:所有権移転登記を完了。
そして、ここに被告の主張の論理的破綻をきたす決定的な事実が浮かび上がります。
【法務局への提出書類が示す決定的事実】
原告が所有権移転登記手続きを行う際、伯父(旧所有者)が登記済権利証を紛失していたため、その所有権が真実であることを保証する「登記済み保証書」が法務局の規定に従い作成されました。
そして、その保証人として、あろうことか被告自身が署名・押印していたのです。
法廷でこの点を追及された被告の弁明は、極めて不自然なものでした。
「(伯父が慌てていて)この建物が私(伯父)のものだという、それの保証人になってほしいという書類なんだって言われました。」
1階の所有者を自認する人物が、実際にはその1階を含む建物「全体」の所有者が、伯父であることを認め、そして、原告に移転する手続きのために必要な登記済み保証書に署名・押印していたのです。
この行為は、平成15年12月の時点で、被告が1階の所有者でなかったことの法的な自白に他なりません。自らが所有者であるならば、他者の所有権取得手続きに協力するなど、論理的に成立し得ない行動です。
💰 証人尋問:食い違う金の流れを証言した「第三者」
契約書の日付が偽りであるという我々の仮説を証明するためには、契約の根幹である「代金の支払い」という客観的な事実を崩す必要がありました。
被告は、「購入代金1000万円は、伯父が第三者X氏に対して負っていた借金を、私が代わりに返済することで支払った」と主張しました。この主張が真実であれば、金の流れと契約書の日付は一致するはずです。
被告は、この金の流れの源泉であるX氏本人を、被告側の証人として出廷させました。
つまり、我々、原告側からみれば敵性証人となります。
X氏の証言は、被告の主張に存在する致命的な時系列の矛盾を明らかにしました。
この矛盾を引出す尋問こそ、弁護士としての仕事の醍醐味です。
| 論点の矛盾 | X氏の証言 | 被告主張の破綻 |
| 貸付時期の矛盾 | X氏が伯父に1000万円を貸し付けたのは、被告の売買契約書の日付(平成14年12月)よりも後の、平成15年であった。 | 平成14年の売買代金を、平成15年に発生した借金の返済で支払うことは時系列的に不可能。 |
| 返済目的の認識の矛盾 | 被告側からの返済を、あくまで「伯父の借金の肩代わり」として受け取っており、それが「不動産の売買代金」に充てられるものであるとは、一切聞かされていなかった。 | 客観的な金の流れからも、被告の主張に辻褄が合わないことが明確に証明された。 |
🎤 本人尋問:法廷で露呈した主張の「不合理な連鎖」
裁判のクライマックスである当事者本人への尋問手続きは、主張の不合理性を一層浮き彫りにしました。
被告の証言は、私の反対尋問によって、次々とその矛盾を露呈していきました。
登記をしなかった理由についての不合理な弁明
不動産という高額な資産を購入したにもかかわらず、なぜ所有権移転登記をしなかったのか。
この問いに対し、被告は「全てを伯父(旧所有者)に任せていた」「もう自分の物になったと思っていた」と答えました。
権利を確保するための最も重要な手続きを人任せにし、確認すらしなかったという認識は、購入者としてあまりに不自然であり、自主占有の意思を裏付けるものとしては説得力を欠くものでした。
「登記済み保証書」への署名についての苦しい弁解
前述の通り、原告が建物全体の所有者となるための「登記済み保証書」に署名した事実について、被告は終始、極めて不合理な弁明に終始しました。
自らが所有者であると信じていたならば、決して見過ごせないはずの登記手続きに安易に協力した事実は、主張が裁判のために後付けで作られたものであることを強く示唆していました。
「所有者」ではなく「従業員」であった源泉徴収票
所有者であれば経営者となるのが自然です。
しかし、給与所得の源泉徴収票は、被告が購入したと主張する平成14年以降も、少なくとも平成16年までは伯父が経営する店舗の「従業員」として給与を受け取っていたことを示していました。
この事実は、彼女が当時、自らを「所有者」ではなく「被雇用者」として認識していた動かぬ証拠です。
これらの客観的な証拠と尋問を通じて明らかになった数々の矛盾の連鎖は、被告の「平成14年売買」の主張が客観的な事実と整合しないことを法廷に示す上で、決定的な効果を発揮しました。
この連鎖的な不合理性の追求こそが、裁判官の心証形成に極めて重要な影響を与えたのです。
🎖️ 真実の勝利と弁護士としての教訓
令和7年3月、さいたま地方裁判所は判決を下しました。結果は、原告の全面勝訴でした。
裁判所は、我々が提出した数々の証拠と主張を全面的に認め、被告が提示した売買契約書は、実際に平成14年12月に締結されたものではなく、日付を遡って作成されたもの(バックデートされたもの)であると判断しました。
その結果、被告が建物の1階部分を占有する権原はないとして、原告の請求通り、建物の明け渡しを命じる判決が下されました。
本件が示す教訓は明確です。
どれほど巧妙に過去を改ざんしようとしても、「公的な記録」「金の流れ」、そして「人の行動の矛盾」という三つの客観的な事実は、必ずその主張の不合理性を露呈させます。法は、感情論や偽りの物語ではなく、客観的な事実の連鎖を何よりも重視するのです。
この判決は、ご依頼者様が長年の苦しみから解放され、平穏な日常を取り戻すための、冷静な事実の勝利でした。
もし、あなたが家族や親族との間で、複雑な法的トラブルを抱え、真実が闇に葬られそうになっているのであれば、その「不合理な点」を徹底的に追求する専門家にご相談ください。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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