
🩸証拠が証明した「敗北」
「先生、時効なら大丈夫です。ほら、この通り。」
依頼者の四谷は、自信満々に一枚の契約書をデスクに広げた。
表題には『債務承認弁済契約書』。日付は「3年前」のものだ。
「あの時、川上が事業用の大型印刷機を、親戚の後藤に売却したと聞いて、すぐに川上を呼び出しました。『借金は必ず返す』と約束させ、この書面を作らせたんです。あれから3年待っても回収できないので、いよいよ後藤への売却を取り消そう(詐害行為取消)と思いまして。」
四谷は余裕の表情で続ける。
「債務承認があれば、借金の時効はリセットされる。まだ5年は経っていませんから、裁判は間に合いますよね?」
だが、対面に座る弁護士は、その契約書の日付を指先でトントンと叩き、静かに言った。
「四谷さん。この契約書は、確かに借金の時効を止める証拠にはなります。」
「でしょう? よかった。」
「ですが同時に、これは『あなたが3年前の時点で、資産売却の事実を知っていた』という動かぬ証拠にもなってしまうんです。」
「え……?」 四谷の笑顔が凍りつく。
「債務の承認で時効は更新できます。しかし、詐害行為取消権を行使できる期間(出訴期間)は、『知った時から2年』です。更新も延長もありません。」
弁護士は無慈悲な事実を告げた。
「つまり、あなたが債権回収のためにと作成したこの契約書が、皮肉にも『すでに出訴期間(2年)を過ぎている』ことを証明してしまった。もう、取り消すことはできません。」
「そんな……。じゃあ、私は3年間、自分で自分の首を絞める証拠を大事に保管していたと言うんですか?」
四谷は契約書を握りしめた。 自分を守る盾だと思っていた紙切れは、実は、彼が「権利の上に眠っていたこと」を証明する、残酷な宣告書だったのだ。
📌 本記事の冒頭ストーリーは、事案の説明のために創作したフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
⚖️ 「借金の時効」と「取消権の期間」は別物
今回のケースで四谷さんが陥ったのは、「借金の消滅時効」と「詐害行為取消権の出訴期間」の致命的な混同です。
多くの債権者は、「債務者に一筆書いてもらえば(債務承認)、すべての権利が守られる」と誤解しています。 しかし、詐害行為取消権を行使して財産を取り戻すための期間制限は、全く別の厳しいルールで動いています。
詐害行為取消権のタイムリミット
詐害行為取消請求権を行使できる期間は、民法426条により厳格に定められています。
- 主観的起算点: 債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを、「債権者が知った時から2年」。
- 客観的起算点: 詐害行為の「行為の時から10年」。
この期間を過ぎると、権利は消滅し、二度と訴えを起こすことはできません。
なぜ「3年前の契約書」が命取りなのか?
四谷さんは、3年前に債務者川上から「債務承認」を取り付けました。 これにより、川上に対する「貸金返還請求権」の時効は確かに守られました。
しかし、詐害行為取消権の「2年」は、「出訴期間」と呼ばれるものです。 これは「時効」ではなく、「裁判を起こせる期間の限界」を定めたものです。
- 貸金の消滅時効: 承認などで時効更新できる。
- 取消権の出訴期間: 更新も延長もできない。一時停止もしない。
四谷さんが作成した契約書は、「3年前に詐害行為の事実を知っていた」ことを証明してしまいました。 その日から、3年が経過した時点(1年前)に、詐害行為取消権を理由に裁判をすることはできなくなってしまったのです。
🧩 相談事例の検討:四谷さんはもう打つ手がないのか?
【状況整理】
- 3年前: 債務者川上が資産を売却。四谷さんはそれを知り、川上に債務承認をさせた。
- 現在: 四谷さんが詐害行為取消訴訟を検討。
【結論】
残念ながら、「知った時から2年」を明らかに経過しているため、詐害行為取消権を行使することはできません。 裁判所に対し「借金の時効は切れていない」と主張しても、「それは別の話です。取消権は2年で終わりです」と却下されてしまいます。
もし、3年前に契約書を作らず、ただ口頭で話していただけなら、「知ったのは最近です」と言い逃れができたかもしれません(推奨はしませんが)。 しかし、皮肉にも「きっちり書面を残したこと」が仇となり、期間超過の事実を覆すことができなくなってしまったのです。
🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点
「待つ」という選択が、最大のリスクになる
「相手が立ち直るのを待ってから回収しよう」 「とりあえず一筆もらって様子を見よう」
人情としては理解できますが、詐害行為取消の場面において、この優しさは致命傷になります。 民法426条の「2年」という期間は、どんな事情があっても延長されません。
今回の教訓は、「資産隠し(詐害行為)を見つけたら、債務承認でお茶を濁さず、直ちに取消訴訟(または仮処分)へ動くこと」です。 一筆もらって安心している間に、取消権の寿命は尽きてしまいます。 「権利を行使できる期間」は、あなたが思っているよりもずっと短いのです。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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