法改正トピック|2020年民法改正(令和2年4月1日施行)

📖 『全焼した未来の利益』
「あの部屋、契約前日の夜に……全焼したそうです。」
電話の向こうで営業担当が言葉を選ぶたびに、田島の指先が止まった。
開いていたエクセルの表には、取引予定の物件番号と、“利益予想 +3,000,000円” の文字がまだ光っている。
「契約は成立しています。代金も払いました。
……でも、その時点では、部屋はもう無かったんですか?」
「はい。事故は契約の前日ですので、契約自体が無効になります。
ご入金分は返金いたします。それ以上の補償は……」
隣室の失火。誰のせいでもない火災。
だが、燃えたのは建物だけではない。田島にとって、それは未来の利益そのものだった。
――契約成立時に履行が不可能でも、契約は無効ではない。
失われた利益も、損害として償われる――。
田島は静かに六法全書を開いた。
「夢じゃない。これは、法が認める『利益』だ。」
⚖️ 改正民法による「原始的不能」ルールの大転換
転売目的でマンションを購入した翌日、契約前に隣家の火事で目的の部屋が全焼していたことが発覚しました。
買主のあなたは、失った転売利益(儲け)も含めて売主に損害賠償を請求できるでしょうか?
従来の法解釈では不可能でしたが、改正民法により、転売利益まで含めた賠償請求が認められる可能性が格段に高まりました。
これは「原始的不能(契約成立前にすでに履行が不可能であること)」と呼ばれる契約成立前のトラブルに関する、日本の民法の大転換です。
この改正が、契約前のトラブルであなたの事業と利益を守る「最後の砦」となります。
🔹 法改正の要点:旧法からの変更点
| 項目 | 旧民法(改正前)の原則 | 改正民法(2020年施行)のルール | 影響 |
|---|---|---|---|
| 契約の有効性 | 原則無効と解釈されていた。 | 有効であることを明文化(民法412条の2第2項)。 | 債務不履行の問題として処理されるようになった。 |
| 損害賠償の範囲 | 信頼利益に限られる(調査費用など)。 | 履行利益を含む(転売利益など)。 | 買主が失った「儲け」まで請求できる可能性が生まれた。 |
| 賠償請求の条件 | 契約無効のため、損害賠償請求権自体が問題となりやすい。 | 債務者(売主)の帰責事由が必要(民法415条1項)。 | 賠償を求めるには、売主に責任があることが前提となる。 |
💰 転売利益(履行利益)を請求するための実務上の壁
履行利益(失われた儲け)を請求できるようになったとはいえ、無条件ではありません。
最終的に賠償が認められるかどうかは、「売主に責任があるか」にかかっています。
🔸 論点整理
| 論点 | 改正民法が定めたルール | 買主にとって有利な点 |
|---|---|---|
| 帰責事由の有無 | 債務不履行が、売主(債務者)の責任によらない事由によるものでないこと(民法415条1項ただし書)。 | 責任がないことの立証責任は売主側にあるため、まずは買主側の請求が通りやすい。 |
| 立証責任の所在 | 「売主に責任がない(不可抗力である)」ことの主張・立証責任は、売主側にある。 | 買主は、履行不能(マンション全焼)の事実を示すだけでよい。後は売主が責任回避を証明しなければならない。 |
🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点
💡 リスク配分としての法の冷徹な公平
この改正の背景には、「契約の成立時に履行が不可能だったから無効」とする旧法の考え方が、
現代の取引の実情に合わなくなったという認識があります。
現代ビジネスにおいて、取引の前提条件を完璧に把握し、不可抗力リスクをすべて排除することは不可能です。
契約の本質は、リスクを公平に分配し、取引の目的を達成させることにあります。
旧法:目的が最初から達成不可能なら契約そのものを無かったことにする(無効)。
新法:契約は有効と認め、履行できなかった事実に対し「誰がリスクを負うか」で賠償責任を問う。
誰のせいであれ、契約が守れなかった以上、買主が契約によって得られたはずの利益(転売利益)を保護する方が、現代の「リスク配分」という考え方に合致する、冷徹な公平が働いているのです。
💡 あなたの事業と「未来の利益」を守るための対策
今回の民法改正は、不動産取引、売買契約、請負契約など、全ての取引において「失った儲け(履行利益)」を守る強力な武器をあなたに与えました。
この恩恵を最大限に受けるために、次のポイントを押さえてください。
🔹 旧法との違いと弁護士の助言
1.損害賠償の範囲の確保
信頼利益のみ → 履行利益も含む。
転売利益や将来の逸失利益など、「失った儲け」を証明できる根拠資料(事業計画書、査定書など)を用意しましょう。
2.契約書でのリスク分配
賠償の可否は帰責事由が必須。
相手に責任がないと立証されると請求は不可。
だからこそ「不可抗力のリスク配分」を契約書で明記し、あなたの責任ではないリスクを相手に分担させる設計を。
3.立証責任の優位性
売主側に立証責任があるという点を交渉で最大限に活かし、安易に「契約無効」を受け入れないこと。
「隣室の火災の責任」のように判断が分かれるグレーな事案こそ、
あなたの主張を最大限に活かし、転売利益を確保できる可能性があります。
取引で大きな損害を被り、「あの時、法律を知っていれば」と後悔する前に、一度専門家にご相談ください。
法律は、あなたが権利を行使することを待っています。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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