📖 登記の連鎖と、法律の突破口

焦燥感を隠せない相談者中嶋健吾は、テーブルの上に広げられた登記簿謄本のコピーを、指で叩いた。

「先生、困っているのはここです。私たちは株式会社大和リアルから土地を買ったのに、登記の名義はいまだに元所有者株式会社古河建設のまま。大和リアルは転売益だけ持って、登記手続きを放置しているんです。このままでは、古河建設が第三者に土地を売ってしまうかもしれない…」

弁護士佐藤の隣に座る司法書士の窪田が、静かに頷いた。実務家特有の鋭い眼差しが中嶋氏を見つめる。

「状況はよくわかりました。中嶋さん、あなたが望むのは、中間者である大和リアルを飛ばして、元の所有者である古河建設に対し、直接あなたへの所有権移転登記を要求すること。つまり、『元所有者から最終買主へ』という、従来の判例が厳しく否認してきた『中間省略登記』の問題ですね。」

その言葉が、この紛争の核心を突いていた。中嶋氏の視線は、期待と不安を込め、弁護士の佐藤に向けられた。

「結論から申し上げましょう。法的な結論は厳格です。直接の所有権移転(中間省略登記)は、改正民法でも認められていません。登記は権利の履歴であり、大和リアルの取引を消すことはできませんから。」

中嶋氏の顔に、諦めと絶望がよぎった。

「しかし、中嶋さんは大和リアルが古河建設に対して持っている『古河建設から大和リアルへの登記請求権』を、大和リアルに代わって行使できます。これが、登記請求権という『金銭債権以外』の権利を保全するために、今回の改正で民法423条の7として明確に条文化された、転用型の債権者代位権です。」

佐藤の言葉は、まるで暗闇に差し込む一筋の光のようだった。中島氏の視線は、絶望から、その新しい条文の光へと釘付けになった。

登場人物 
  • 相談者(譲受人/最終買主) 中嶋健吾
  • 元所有者(登記名義人)  株式会社古河建設
  • 中間者(譲渡人/転売者) 株式会社大和リアル
  • 司法書士  窪田誠
  • 弁護士   佐藤嘉寅(とら先生)

📌 本記事の冒頭ストーリーは、事案説明のために作成したフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

🚨 「金銭債権以外」の権利を保全する法的な武器

旧民法下では、債権者代位権の被保全債権(守りたい権利)は金銭債権が前提でした。しかし、判例は不動産取引の実情に合わせ、「登記請求権」など金銭債権以外の権利も守ることを認めてきました。

改正民法は、この判例の考え方を以下の条文で明文化しました。

  • 民法423条の7:対抗力ある登記を必要とする不動産の譲受人(中嶋氏)は、譲渡人(大和リアル)が元の所有者(古河建設)に対して持っている登記請求権を代位行使できる。

厳格なルール:なぜ「中間省略登記」は認められないのか?

譲受人(中嶋氏)が、元の所有者(古河建設)に対し、直接中嶋氏に登記を移転しろ(古河建設 → 中嶋氏)という中間省略登記は、依然として認められません。中嶋氏が代位行使できるのは、あくまで「古河建設 →大和リアルへの登記請求権」のみです。

🛡️ 法的処理のプロセス

ステップ法的行為目的
ステップ1(代位行使)中嶋氏が、大和リアルに代わって古河建設に請求。古河建設から大和リアルへの所有権移転登記を実行する。
ステップ2(本来的義務)大和リアルから中嶋氏へ登記。大和リアルの中嶋氏に対する所有権移転登記義務を履行する。

つまり、古河建設 → 大和リアル→ 中嶋氏 という二段階の登記を経ることが必須とされます。

🚨 法が直接移転を認めない決定的な理由

法が安易な中間省略を認めない背景には、「登記の真実性」と「第三者保護の原則」という、不動産取引の根幹に関わる重要な理由があります。

  1. 登記の連続性の確保: 不動産登記は、誰から誰へ、いつ権利が移転したかという所有権の履歴を正確に公証する役割があります。中間省略登記を認めると、大和リアルの存在が登記簿から消え、取引の安全性が損なわれるリスクが生じます。
  2. 423条の3の不準用: 改正民法は、金銭債権を代位行使する場合の「債権者への直接支払い」を認めた423条の3を、登記請求権に関する423条の7には準用していません。これは、法が意図的に「登記については直接移転を許さない」という意思を示している証拠です。

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

― 転用代位権は「転売の権利」を守るが、「法の秩序」は譲らない

この法改正は、長年判例に委ねられてきた「登記請求権の保全」という実務上のニーズに、ようやく明確な法的根拠を与えたものです。これは、不動産取引の流動性と、それに伴う転売や利用の権利を法が強力に保護するという、現代的な考え方を示しています。

しかし、「直接の所有権移転登記は認めない」という厳格な姿勢は、法が「取引の簡略化」よりも「登記の真実性と秩序」を重視するという、揺るぎないメッセージです。

💡 実務家が知るべき「合法的裏技」の使い分け

我々の実務の現場では、登記費用や手間を省くために、「三為契約(第三者のためにする契約)」や「買主の地位の譲渡」といった手法が司法書士の実務の中で行われています。

手法目的法的性質
債権者代位権債務者が登記を放置しているとき、債権者が強制的に登記を動かすための、紛争解決手段。訴訟を伴う、強制力のある手段。
三為契約など当事者全員の合意のもとで、登記を簡略化するための、予防法務的な手段。合意が前提の、登記実務上の工夫。

法的な紛争状態において「登記の簡略化」を図るには、債権者代位権が有効です。一方で、紛争を避け、円滑に取引を完了させたいのであれば、当事者全員の合意に基づく「三為契約」などの手法を選ぶという選択肢があります。

この法改正は、私たち法律家に、登記の確実性紛争解決の速度という二つの価値を両立させるための、戦略的な判断を求めているのです。

登記は、目に見えない権利の履歴書です。その履歴を正確に保つことこそが、取引の安全という法の秩序を守ることに繋がります。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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